走れば、長崎が見える

第一回

走れば、長崎が見える

長崎港を囲む低山群を一周する、日本唯一のシティートレイルがある。スタートとゴールは出島のすぐそば。コースは大浦天主堂、稲佐山、岩屋山、七高山、眼鏡橋——長崎の歴史を立体的に繋いで、50kmで帰ってくる。この特集では、その大会を生み出した人々と、大会が根を張る街・長崎の魅力を全3回で描く。第1回は、長崎という舞台とコースの全貌を。


2月の長崎は、燃えている

中国の旧正月「春節」を起源に持つ長崎ランタンフェスティバルが始まると、新地中華街から眼鏡橋、浜んまちアーケードにいたるまで、市内中心部一帯が約1万5千個の中国提灯に包まれる。朱と金の光が夜の街路を染め、川面に映り、行き交う人々の顔を赤く照らす。江戸時代から続く異国情緒が、この季節だけ特別な温度を帯びる。

Photo YamagashiraNoriyuki

そのランタンの灯りをくぐり抜けるように、夜明け前、一群のランナーたちが走り出す。スタート地点は旧長崎県庁舎跡地。向かう先は、山だ。

「長崎ラウンドトレイル」——長崎港を囲む低山群をぐるりと一周し、出発点へ戻るラウンドコース。2027年大会はコースを50kmに延伸、累積標高3,200m。大浦天主堂の脇を駆け抜け、天門峰から稲佐山を越え、式見ダムへのピストン区間で岩屋山を経由し、七高山を縦走して眼鏡橋のランタンへゴール。観光地図をそのまま立体にしたような、ここにしかないコース設計だ。

「全てのピークで景色が見れる。いろんな角度から長崎の港を見ることができる。スタートゴールが港のすぐそこにあるから、山の上から『あそこから来たんだな』っていうのがいろんな場所で俯瞰できる」——大会を立ち上げた藤岡英嗣さんは、このコースを語る時、長崎という街そのものを語っている。

長崎の地形が、このコースを生んだ

長崎の山がきつい理由には、地質的な必然がある。

長崎自体が、もともと「長崎火山」という一つの火山だった。中心部——今の長崎港——は、その火山が何百万年前に沈んでカルデラとなり、そこに海水が入り込んだものだという。周囲の低山群は、いわばかつての外輪山だ。「キュッと登ってキュッと下りる」——藤岡さんがそう表現するとんがった急峻な地形が、47kmを越えて続く。計測器によって2,500〜3,000mの幅があるが、体感はほぼ3,000mを凌ぐ「一発一発が結構足にくる」コースだ。

Photo YamagashiraNoriyuki

「激登り激下りの連続なのに、これが街中なんですよ、低山なのに」

ゴール後、ランタンの光の中を短パンで歩くことになるこの体験について、藤岡さんはポッドキャスト収録直後にそう振り返った。「短パンでこの時期に……何者だ、みたいな」と笑いながら。

さらに長崎は「坂の街」でもある。市内の斜面地は、路面電車が走る市街地から急坂が奥へ延び、その先に住宅が張り付くように立ち並ぶ。「日常的に坂を下ったら、登るところに家がある」という暮らしが、長崎のランナーの足腰をひそかに鍛えている。フラットな42.195kmのフルマラソンコースを長崎市内に作ることは、ほぼ不可能だとさえ言われる。

「長崎、PR下手だな」——シティートレイルが生まれた動機

このレースを立ち上げたのは、藤岡英嗣さん(49)。長崎ケーブルメディアのディレクターとして長年、地元の坂道や山歩きの魅力を番組で伝えてきた人物だ。コース構想の出発点には、長崎という街への複雑な想いがあった。

左:牧島圭太 右:藤岡英嗣

「長崎っていうのは100年前・200年前の話をこの場所でしたら、いろんな話ができる。ミルフィーユみたいな歴史が重なってる街なので、観光の材料としては事欠かないんですよ。でも、だからこそ渋滞を起こして、あんまり観光に人を呼べてない街だな、というのが私の中にあって。長崎の人ってPR下手だなっていうのが私も含めてあって」

開港・鎖国の歴史、出島、被爆の記憶、中華街、坂道の集落——幾層にも重なった歴史文化を持ちながら、それを外に伝えることが得意ではない。そんな長崎に対して藤岡さんが出した答えが、「走ることで体感させる」という発想だった。

「ランナーさんはここに来たら多分楽しいコースがいっぱいあるよね」——そう気づいたのは、長年にわたる山岳撮影の仕事を通じてだった。仕事でルートを踏み歩き、練習でも仲間と山に入るうちに、「これ完全にシティートレイルで行けるじゃん」という確信が生まれた。「人を呼んで観光と重ねてできるんじゃないか」——その構想が生まれたのが、今から5年ほど前のことだ。

ただし、安全管理や許可関係への不安から、構想は長らく動けないままでいた。

「いつやんの?」——その一言が大会を動かした

構想から3年、藤岡さんの重い腰を押したのは、のちに大会の安全管理を担う牧島圭太さんからのメッセージだった。

「試走もしてコースも決まって、こんだけ決まってるからあとやるだけじゃない(知らんけど)」

牧島さんが笑いながら当時を振り返る。「メッセージで『いつやんの?』ってやり取りして、『開催日決めないと多分やんないやろ』と言ったら、そこで日付が決まったんですよね」。

藤岡さんに言わせれば「ずっと悶々としてる時にガーンと叩かれた」。お金の動きが面倒、安全管理が心配——後ろ向きの理由が先立っていた背中を、「手伝うからやろう」という牧島さんの言葉が押し出した。

第1回大会(2024年2月)はクローズドエントリーのプレ大会。経験豊富なランナーだけを招待し、完走率ほぼ100%(47人中46人)という結果で夜を閉じた。参加者からは「総じて長崎愛の詰まった、とても良い大会」という言葉が次々と届いた。ゴール後、ランタンフェスティバルの人混みに短パンのランナーたちが合流していく光景——藤岡さんが3年間温め続けた「あの絵」が、現実になった。翌2025年の第2回からショートコース(約20km)も設置され参加者は県内外に広がり、2026年の第3回を経て、2027年はコースを50kmに延伸した第4回大会を迎える。

出島から出島へ。50kmで長崎の歴史を一周する。

2027年大会のコースを辿る。

スタートは旧県庁舎跡地。大浦天主堂の脇を通り、天門峰(8.13km)、帆掛山(9.83km)、飽の浦峠の尾根を経て稲佐山(13.63km)へ。「世界新三大夜景」に数えられる展望台を、夜明けの光の中でランナーが独り占めにする。

2027年の新区間は、岩屋山の手前から始まる。岩屋山山頂直下、登り切ったあたりで左に折れると、式見ダムへ向かうトレイルが続く。「横綱坂」と呼ばれる壁のような急登を経て、長い階段ルートを上り詰めた末に左折——ダムまで下りてピストンで折り返す往復約4.6kmが、今年の最大の変更点だ。

この区間をあえてピストンにしたのには、藤岡さんなりの理由がある。「安全管理がやりやすいのもあるんですけど、スライドすることでトップランナーは1位と2位の差を確認できる。後続の選手は応援し合いながら行ける。バチバチするところにもなるし、応援し合えるところにもなる」——勝負の緊張感と仲間との連帯感が、同じ区間の中に共存する設計だ。

平和公園(30km)は歩行区間。被爆地として世界に知られるこの場所を、走らずに歩いて通過する。実はこの配慮、プレ大会当時はコースに含まれていなかった。「あるスタッフから『なんで平和公園行かないんですか?』と言われて、確かにと思って。でも私的にもあそこは走るとこじゃないなってイメージがあって」——長崎市への相談を経て、「歩行区間にします」という条件で許可が下りた。エスカレーターがあるので、そこを利用するトレイルランナーが発生する——という、長崎ならではの光景も生まれた。

「優しくする気はない」——競技性とエスケープのバランス

天主公園(31.4km)の第一関門を過ぎ、金比羅山、片渕近隣公園(A3・36.6km)、低部水源地(A4・39km)、高部水源地(41km)の最終関門、英彦山(43.3km)、愛宕山(45km)と七高山の縦走が続く。七高山とは、長崎の正月行事として受け継がれてきた7つの山の巡礼コースのことだ。新春に祈願するために今もたくさんのハイカーが2日かけて巡る伝統的なルートであり、ショートコースもこのルートを辿って設計されている。眼鏡橋を渡り、ランタンが川面に映る中島川沿いを抜けてゴール。出発から50km——長崎の歴史を立体的に駆け抜けた達成感が、ランナーを包む。

大会の規模感について、藤岡さんは明確な意志を持っている。2027年の定員は70名。「顔が見える範囲でやりたい」という言葉の裏に、草の根の大会運営者としての誠実さがある。

ボランティアは前回大会(2026年2月)で54名。NTPだけでなく、長崎を拠点に開催される超長距離マラニック大会「橘湾岸スーパーマラニック」に関わるメンバーや佐賀のランナーたちも集まった。参加者70名に対してスタッフ54名——この比率が、このレースの密度を物語っている。

コースの難易度については、一貫して「緩くするつもりはない」。「来る方に失礼なので。厳しくすることはあっても、優しくすることは多分ない」。50kmになれば完走できない人が出てくることも、すでに織り込み済みだ。「100%完走を求めないで、チャレンジとして『また来年も来てください』という大会にする」——その一方で、街中コースならではの「エスケープのしやすさ」を意図的に設計している。辞めやすいから、チャレンジしやすい。

100km・100マイルといった長距離レースの多くは、エントリー資格として「50km超の大会の完走記録」を1〜2本求める。阿蘇ボルケーノトレイルや球磨川リバイバルトレイルもその一例だが、いずれも熊本県開催。仕事や家庭の事情で遠征できない福岡・佐賀のランナーにとって、その記録を地元で取る機会がなかった。

本誌(7trails)が主催するKUSENBU QUEST 50は、まさにその課題から生まれた大会だ。「九州北部のランナーが、ロングレースへの挑戦に必要な50km完走記録を地元で取れるように」というコンセプトで距離を50kmに設定している。

藤岡さんはそのコンセプトを聞き、長崎ラウンドトレイルのコース延伸を決めた。「長崎もあとちょっと増やせば50kmになるから、この大会もそこに追従しよう、という思いがちょっと出た」。福岡に次いで、長崎でも50km完走記録が取れる場が生まれた。九州北部のランナーにとって、ロングレースへのステップがより身近になった。

大会情報(2027年)

大会日:2027年2月14日(日)第4回大会
距離:ロング 50km/累積標高 3,200m D+
定員:70名
スタート時間:6:00
スタート・ゴール:旧県庁第二別館跡地・旧県庁跡地
エイド:A1 稲佐山中腹(14.66km)/A2 天主公園(31.4km)/A3 片渕近隣公園(36.6km)/A4 低部水源地(39km)
関門:天主公園(31.4km)第一関門/高部水源地(41km)最終関門 ※時間は検討中
参加資格:20km以上のトレイルランニング大会完走経験者
ショートコース:約20km/累積1,200m。出島から長崎歴史文化博物館を経てロードで金比羅山へ、そこからロングと同じルートで七高山を巡る。長崎の正月行事「七高山巡り」のルートを辿る。

公式サイト:https://n-r-t.net/

取材・文|石川博己(7trails)

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