かなえの苗
2

あの時の「4年」

本格的な夏になりましたね。

水上村は涼しいと思っていたけどしっかり暑いです。

エアコンなしで過ごそうなんてそんな甘くはなかったな、、買いました。

取り付けは村の商店さんにお願いしたところ、暑くて寝れないだろうからとすぐに対応してくれて、快眠をゲット。村の人優しいよぉぉ~

いつもと違う夏

そんな最近のトレーニングは

①ほいほい広場のトレイル周回

②市房山4合目までのトレイル周回

③水上スカイヴィレッジへの峠走

④水上サクラヴィレッジでの体幹強化

⑤ゲツサカ

の5パターンがメイン。

①②はほぼ日陰。

③スカイヴィレッジは標高1,000mにあってスポーツ合宿でも利用されるクロスカンコースの施設。そこまでの峠走なので標高上がるにつれて涼しくなります。

④サクラヴィレッジは筋トレイルランナーのいるフィットネスジムで、村民は月会費1,500円と破格。(無料温泉券もらえるので実質1,100円!)体幹強化メニューにぷるぷるしながら奮闘。

⑤仕事終わって18:30から坂ダッシュ10本のゼーハー。

といったように直射日光や高温を避けながらコツコツやっています。

あれ?夏でも私がトレーニング続けてるのは珍しいぞ。

昨年も一昨年も夏は山に行くと全く登れずゾンビになってたような、、笑

そう、今のかなえちゃんには目標があるのです!

彼氏をつくる!!

ではありません笑

目標のために今年は夏も走ります。

すでに終わったけど、今年は上半期にも目標があり、トレーニングの強度を上げていました。

7trailsラジオ練でも配信されていますが、彩の国100マイルへの挑戦がそうでした。

実はあの配信が収録メンバーとしての初めての出演で、帰りの飛行機で急遽収録することが決まったのもあり、 しっかり整理できてなかったなと。(言い訳)

落ち着いてからInstagramの方に詳細を書き残しています。

きっかけとなったボランティア

そもそも私がトレランの100マイルの世界を知ったのは2021年の7月。

まだトレラン始めて1年もたたない頃、初めて大会のボランティアに参加した時のこと。

ボランティアに参加したきっかけは、エントリーしていた「霧島えびの高原エクストリームトレイル」の大会前に重度の貧血になってしまい、まさかのドクターストップに。

すごく楽しみにしていたので諦めきれず、走れなくてもボランティアとして参加したのでした。

(重度の貧血だなんて当時病院勤めの栄養士として恥ずかしいったらありゃしない)

野村叶枝_あの時の「4年」_写真2.jpg
当時はおにぎり別添えでしっかりお弁当食べてたのに、まさか貧血になるとは、、

そこで同じくひとりでボランティアに参加していたウネさん。 彼女との出会いで私の中に100マイルの種が密かに芽生えました。

お互い前日からの参加でひとりだったので、一緒に行動していろんな話をしました。 その時すごく印象に残ってたのがウネさんの100マイル完走の話。

野村叶枝_あの時の「4年」_写真3.jpg
前日のホテルで飲みながらいろんな話を。大会前日のボランティアってこんな感じなのかとビックリ。笑
野村叶枝_あの時の「4年」_写真4.jpg
左:ウネさん。ウィンドシェルを腰ではなく肩から斜めに結ぶ関東巻きスタイルも当時斬新だった。

100マイルの種

滋賀県で周回の100マイルの草レースで、途中辞めていく男性を差し置いて女性たった一人完走したという話。

少人数での開催で、補給は途中のコンビニで買ったりしながら走り続けたとのこと。

その時ローソンで買って食べた冷やし中華が最高だったとか、何を飲もうか悩んで買ったネクターが疲れた身体に染みたとか、大会の参加費って高いと思ってたけど、コンビニや自販機で買った補給代が1万円くらいかかったから、やっぱ大会はお金かかるんやなって思ったとか、、

この華奢な身体でそんな距離を女性でただ一人完走するなんてまだまだ知らない世界があるんだなあと。

そしてその時ウネさんに聞きました。

「トレラン始めて何年で100マイラーになったんですか?」

「4年やね。」

「4年かあ。」

その時は世界が違いすぎて、すぐに私も目指したいという感情にはならなかったけど、それから「4年」という期間がずっと私の頭の片隅にありました。

時が経ってトレラン始めてもうすぐ4年になる頃。この頃には知り合いにもたくさん100マイラーがいて、レースの話を聞くことも多く、別世界という感覚ではなくなっていました。

そしてあの時の「4年」という期間が私の密かな目標にもなりつつありました。

ただ、遠い世界ではないけれど、当時なかなか気持ちが入っていかなかったのもあって、気づけば4年はあっという間に過ぎていきました。

何もしていないけど、なんだか悔しい気持ちになったのは、それだけ私の中でウネさんから聞いた100マイルの話の存在が大きかったんだと思います。

スイッチON

そしてトレラン始めて6年が過ぎた今年5月、初めて100マイルに挑戦しましたがDNFとなりました。悔しかったけどもう無理だとはならず、4年以上かかったけど100マイルに挑戦するというスイッチが入ったのは間違いありません。

あの時貧血になってなかったら、

ひとりでボランティアに申し込んでなかったら、

ウネさんとの出会いもなく、100マイルの種は今も芽生えてなかったかもしれない。

そしてあの人とも・・・


野村叶枝のアバター

@kanae_runrun328