香港のThe North Face 100をなんとか完走し、念願だったUTMBのエントリー資格を手に入れましたが、2019年のUTMBは残念ながら落選。
ちなみに、この年は国内の100マイルレース「UTMF」には当選していました。
ところが、こちらも雪の影響でレース途中に中止。
なかなか思い通りにはいきません。
それでも翌年の2020年、UTMBに改めてエントリー。
今度は、ようやく当選することができました。
さらに2020年は、2月に開催される香港のステージレースと6月に開催されるペルーのジャングルを走るステージレースにもエントリーしていました。
ところが、ここから思いもよらない展開が始まります。
コロナで、すべてが止まった
2月に香港で開催予定だった「9 Dragons」。
1日目が50マイル、2日目が50kmという、かなりハードなステージレースです。
航空券もホテルもすでに手配済み。
ところが、出発の前日になって大会から連絡が入りました。
「大会中止」
新型コロナウイルスの影響です。
大会が中止になったので、普通ならそのまま旅行もキャンセルするところですが、航空券もすでに取っていました。
何人か友人も香港に行く予定だったこともあり、とりあえず現地へ行くことに。
レースはありませんが、せっかくなので友人たちとコースを少し試走しました。
そして香港から日本へ帰国。
空港に着いて驚きました。
出国したときとは、街の雰囲気が大きく変わっていたのです。
日本中で新型コロナウイルスの感染が広がり、出国前には普通に手に入ったマスクが、どこへ行っても売り切れ。
「まあ、しばらくすれば収まるだろう」
そのときは、まだそんなふうに考えていました。
ところが、コロナは日本だけでなく世界中へ広がっていきます。
当然、ペルーのレースもUTMBも中止。
ペルー行きの航空券はすでに購入していましたが、利用したLATAM航空からは返金されませんでした。
幸い、HISで10万円分のキャンセル保険に入っていたため、全額ではないものの、10万円は戻ってきました。
そして翌年も、レースは中止。
僕にとっても、世界中のランナーにとっても、これまで経験したことのない2年間になりました。
2年越しのペルーへ
ワクチンの普及もあり、2022年になるとようやく世界各地でレースが再開され始めました。
僕も、2年越しでペルーのステージレースに挑戦することにしました。
UTMBの参加資格は3年間有効だったため、今回はUTMBよりもペルーのレースを優先することに。
そのレースの舞台は、ブラジルとの国境近くにあるマヌ国立公園。
5日間で約230kmを走るステージレースです。
しかも、これまで参加したレースとは大きく違う点がありました。
自分でハンモックを設営して寝るのです。
そして、ハンモックも自分で背負って走らなければなりません。
これは、なかなか面白いレースになりそうです。
230kmに向けて、4つの準備
このレースに向けて、僕は4つのことに取り組みました。
① ハンモックを設営する
まずはハンモックを設置する練習。
できるだけ荷物を軽くするため、木に取り付ける金具などは使わず、ロープだけで設営する必要があります。
最初はなかなかうまくいきません。
何度も練習し、できるだけ素早く設営できるようにしました。

② 予防接種
次は予防接種。
過去に参加した人に話を聞くと、破傷風、黄熱病、狂犬病などの予防接種が必要とのこと。
これが結構大変でした。
時間もかかるし、費用もかかります。
トータルで10万円くらいかかったと思います。
しかも、2020年に一度受けていた予防接種の中には、有効期間が切れていて、再度接種が必要なものもありました。

③ 高地トレーニング
そして3つ目が高地トレーニング。
レース初日は標高3,000mからスタートします。
少しでも高地でのパフォーマンスを上げたいと思い、ストライドラボにある低酸素ルームでトレーニングをしました。
練習では血中酸素濃度85%をひとつの目安にしていましたが、実際に高地への適応ができていたのかは、今でもよく分かりません(笑)。

④ 荷物を背負って走る
最後は、荷物を背負って走る練習。
これはサハラ砂漠マラソンと同じです。
ステージレースでは、レース期間中の食料や着替えなどを背負って走ります。
今回はハンモックも必要。
10kg近い荷物を背負って、何度も走りました。

出発直前にも、まさかの問題
こうして準備を重ね、いよいよペルーへ出発。
……と思ったところで、また問題がありました。
当時、海外へ渡航するには新型コロナワクチンの接種に加えて、PCR検査も必要でした。
しかもペルーへはアメリカ経由。
当時のアメリカは、トランジットでも入国扱いになるため、出発前1日以内のPCR検査の陰性証明が必要でした。
乗り継ぎの東京で、なんとか当日中に結果が出るPCR検査を見つけることができました。
しかし、帰りのペルーではどうするのか。
ネットでいくら探しても、当日中に結果が出るPCR検査を見つけることができません。
「帰りは大丈夫なのか?」
そんな不安を抱えながらの出発でした。
まずは標高3,000mのクスコへ
それでも、なんとかペルーへ入国。
まず向かったのは、レースの集合地となるクスコです。
クスコは標高3,000mを超える高地都市。
到着してホテルへ向かう途中、階段を少し上っただけで息が切れました。
「これは大丈夫なのか……」
正直、かなり不安になります。
高地に身体を慣らすため、クスコには4日ほど滞在しました。
その間には、以前から行ってみたかったマチュピチュへ。

さらに標高4,600m付近まで車で行くことができるレインボーマウンテンにも行きました。
レインボーマウンテンは標高5,000mあるので、実際に登るのは標高4,600mから400mほど。
「400mならたいしたことないだろう」
そう思っていましたが、これが想像以上にきつい。
クスコに到着した直後よりも、はるかに厳しい高地でした。

いよいよマヌ国立公園へ
そして、ついにレース会場へ向かう日。
早朝、集合場所へ行くと、すでにたくさんの選手が集まっていました。
みんな身体が大きく、見るからに速そう。
この時は「上位を狙いたい」
そんな気持ちで参加していましたが、周りの選手を見ていると少し不安になってきます。
ワゴン車に6〜8人ほどが乗り込み、クスコを出発。
そこから岩だらけの山道を6時間以上。
車に揺られ続け、ようやく目的地のマヌ国立公園へ到着しました。
到着すると、まず主催者からコースの説明や注意事項の説明があり、その後、レース中にサポートしてくれるドクターの紹介がありました。
何人ものドクターがいるのを見て、「50人ほどのレースなのに、こんなにたくさんのドクターが必要なの?」と、そのときは少し不思議に思っていました。
まさか、このあと、その理由を身をもって知ることになるとは、この時の僕はまだ知りませんでした。
緊張の装備チェック
主催者からの話のあと、装備チェックがはじまります。
サハラ砂漠マラソンのときは、ザックの重量といくつかの装備品を確認する程度でした。
ところが今回は違います。
装備リストにあるすべての項目を細かくチェックされます。
何度も何度も確認してきたつもりでしたが、いざチェックを受けるとやっぱりドキドキします。
「ちゃんと(英語で)説明できるかなぁ……」
そんなことを考えながら、一つずつチェックを受けました。
そして、無事にクリア。
ようやくレースに参加できることが確定しました。

装備チェックが終わると、この日の寝床となるハンモックを設営します。
最初は設営するだけでもかなり時間がかかりました。
しかし、2日ほどすると徐々にコツをつかみ、かなり素早く設営できるようになりました。
レース前の夜は寒いと聞いていたので、防寒着もある程度準備していました。
ところが、実際に夜になると想像以上の寒さ。
何度も寒さで目が覚めました。
最終的には、セーターやダウンなどを重ねに重ね、なんと上半身は6枚重ね。
上半身はまだ重ね着ができますが、下半身はタイツとロングパンツだけ。
下半身の寒さにはかなり苦しみました。
ハンモックの中で寒さに耐えながら、
「明日から、いよいよ230kmが始まるのか……」
そう思いながら、なかなか眠れない夜を過ごしました。
そして翌朝。
いよいよ、5日間230kmのジャングルステージレースが始まります。
(来月に続きます)
