もしも明日、あなたが日本代表候補になったらどうしますか?
これがもし、あなたの身に起きたことだとしたら、どうするだろうか。日本国内の大会では記録も残しておらず、またそこに対してあまり興味もなく、どちらかというと楽しみたいと思っているタイプの人間がATMファイナルの日本代表候補となり、さらに繰り上がりで出場機会を得る。そんなことがあなたの身に起きたら、一体どうするだろうか。
ファンランナーということで完走目的で最終戦を楽しむ?あるいは本気で向き合ってみる?
自分は後者を選んだ。これも何かのきっかけかもしれない。これを機に初めて、本気でトレイルランニング、そしてランニングそのものと向き合い、自分の走力を上げよう。そう信じて、10月のファイナルに向けて計画を立て、生まれて初めてランニングを真面目にやることにした。
日本代表として国を背負って走るのに、そしてチームメンバーは本気でレースと向き合ってきた錚々たる人たちなのに、てれてれ自分だけみっともない走りができるわけがない。実力は不足しているかもしれないが、置かれた状況で全力で向き合って、自分なりに絶対爪痕を残したい。自分のトレイルランニング人生の中で競争を意識した唯一の瞬間だったかもしれない。
2025年GW明けに代表入りの可能性をインドネシアにいた直鳥さんから教えてもらい、そこからはChatGPTにCOROSのログを読ませて、練習メニューを作ってもらい、ひたすらこなす日々。仕事も立て込んでおり、妻に負担をかけるわけにはいかないので、レースは控えめにするはずだった。それが、ATMファイナルをターゲットに据え、7月から9月まで毎月レースを入れた。苦手なロード練習も、スピード練習も取り入れた、きついことで有名な北川練にも行った。あまり意味があったとは思えないが、験担ぎのために大好きなお酒も半年絶った!
ところが、現実は皮肉なものだった。ベトナム・ムーカンチャイで予定されていたレースは、台風に伴う豪雨災害のため中止となり、ファイナルは翌2026年3月、香港で開催される9ドラゴンズへ振り替えられた。ちなみに中止の連絡が届いたのは、ベトナムへ向かうわずか二日前だった。きっと現地では開催に向けてぎりぎりまで調整が続いていたのだろう。しかし、会場へ向かう道路が寸断されるなどの被害を映した動画を見て、チーム一同、中止は賢明な判断だったと痛感したと思う。
この時点で10月をターゲットに、仕事とトレーニングの両方を調整してきた自分は、相当なダメージを受けた。それでも、「半年近く延びるなら、もっと走力を上げられる」と気持ちを切り替え、再び向き合おうとしていた。その矢先、どうもベトナムでのレースが中止、と言われた後の代表選手向けの連絡が一向に来ない。
何か嫌な予感がする。ベトナム大会が中止になったことで、代表選考そのものがやり直しになったわけではない。しかし補欠から繰り上がっていた自分の立場はリセットされ、香港大会では再び補欠となった。それ以降の連絡が回ってきていなかったのだった。棚ぼたで運を掴んで代表入りをした自分はこれまた運に翻弄されて代表から外れることになった。運命とは不思議なものだ。
9ドラゴンズではATMファイナルとは別に一般参加カテゴリーも開催され、それらは翌シーズンのATM対象レースにもなっていた。そのため、一般カテゴリーを走り、次の代表入りを目指すことも一時は考えた。次の代表入りに向けてまた挑戦する、ということも視野に入れていたのだが流石に仕事を休んで香港に行く余裕もなく、また他のレースに出るというのも現実的ではなかったので3月の9ドラゴンズは諦めて、補欠として日本代表を陰ながら応援する立場に回ったのだった。
錚々たるメンバーのお陰もあり、日本代表チームはチーム戦で見事優勝。一時的とはいえ仲間だった選手たちの活躍は、もちろん嬉しかった。一方で、自分もその場に立てたかもしれないと思うと悔しさもある。ルアンパバーンウルトラで2位の選手との差は実は10分ちょいだったのだが、2位でフィニッシュすれば、あるいはマンジュシュリーで35時間以内でゴールしておけば確実に代表になれたかもしれない。後悔の念はいくらでも湧いてくる。ただ、代表選考は年間シリーズの成績によるもの、各選手の努力の賜物だ。結果として受け止めるしかない。
また機会があるなら、自分もATMファイナルを目指して、本気で向き合ってみたいと思う。その前に、いろいろと落ち着かせなければならないけれど。

自由に走る楽しさ
いっときのATM狂想曲に翻弄され、競争の楽しさと厳しさを知った自分は、最近走る時は何も決めずに走っている。行き先もメニューも何も決めることはない。林道がいいなと思えば林道の方へ向かい、坂道がいいなと思えば近所の新興住宅地の坂へ向かい、風が気持ちいいなと思えばひたすら川沿いをジョグしている。時には思いつきでインターバルも取り入れてみるが、去年ほど気合いは入らない。走ることで生活を犠牲にするのではなく、走った時間や経験を、どう日々の暮らしに還元できるか。そんなことを考えながら走っている
そして、今のところ、次に出るレースは何も決めていない。自分の場合、レースを目標にしてしまうと燃え尽きてしまって現実に帰ってくるのが難しくなってしまうからだ。あくまで日常の延長でレースと向き合う。自分はこの考え方を「アンチクライマックス」と呼んでいるのだが、あえてピークをつくらず、レースと向き合える実力をつけたいと考えている。(もちろん、それができるならば、の話ではあるのだが。)
サーファーが毎朝、仕事前に海辺で波に乗る感覚で山やロードを走る。僕らのトレイルランニングや普段のランニングもそういう楽しみ方や感覚でいいと思っている。別に無理して毎日走らなくてもいい。他人のStravaのログも、自分の月間走行距離も、何も気にしなくていい。走りたい時に、気が向いた時に走れば良い。日々楽しむならそれくらいの向き合い方が今の自分にはちょうど良い。
改めて、もし明日、あなたが日本代表になったらどうしますか?あの時の自分なら、迷わず「目指します」と答えたと思う。今でも、おそらく同じだ。でも今なら、その挑戦によって何を失い、何を守りたいのかまで含めて考えたい。
あまり根を詰めすぎて、自由を求めて始めたランニングに自由を奪われないように。自由に走るのが、やはり一番楽しい。
そんなことを思いながら、明日こそ5時半に起きて走ろうと決めて、眠りにつくのであった。
