ましき朝飯(ちょーいい)トレイル

「コース、俺が考えるよ」

2024年5月、ASO Volcano Trailで本部補助のボランティアをしていたときのことです。

休憩中に、同じ本部を担当していた河野和博さんへ、以前から抱いていた思いを話しました。

「いつか地元の飯田山でトレイルランニング大会をやりたいんです」

すると河野さんは、迷うことなくこう答えてくれました。

「コース、俺が考えるよ」

たったその一言がとても嬉しく、わたしの心を突き動かしました。

実はその前から、後に実行委員として加わっていただく新留琢郎さんから、「益城町の4つの山をつなぐルートがもうすぐ完成しそうです」と連絡をいただいていました。

また2021年の牧龍走では、大会経験豊富な牧島圭太さんから

「最初なら50人くらいの規模で、20~25kmぐらいがちょうどいい。道路使用許可や会場のことを考えても、そのくらいが現実的だよ。」

というアドバイスもいただいていました。

振り返ると、大会づくりの種は少しずつ蒔かれていたのだと思います。

その原点は、熊本地震の翌年に参加した水上マウンテンパーティ(MMP)でした。

震災後、壊れた地域やコミュニティの再建に向き合い続け、心も体も疲れ切っていた私は、2017年に一人で第1回MMPへ向かいました。

前夜祭の楽しさ、人の温かさ、山を走る喜び。

そして何より印象に残っているのは、大会当日の朝です。

沿道のお母さんたちが家の前に出て、手を叩きながら「頑張れー!」と応援してくれました。

その光景があまりにも温かくて、私は涙を流しながら山を走っていました。

「いつか、こんな大会を地元で開催したい」

そう思ったのが、私にとっての原点です。今でもMMPや水上村のイベントには参加させていただいています。

話をASO Volcano Trailの本部へ戻します。

その場にいた益城町出身の岩本美希さんは、大会MCを快く引き受けてくれました。

「いつか地元を盛り上げるイベントをやりたいと思っていたんですよ」

そう話してくれたことも心強かったです。

医療の知識がまったくなかった私に代わり、救護を担当していた秋好裕美さんが大会救護を引き受けてくださり、計測はTrack Sessionの今富裕介さんが快諾してくださいました。

少しずつ仲間が増えていき、漠然としていた夢が現実味を帯び始めます。

私は以前からLocal Gainさんの大会が好きで、選手としてもスタッフとしても参加していました。そのため開催日は、毎年10月末頃に行われる御船ジュラシックトレイルと重ならないように調整しました。

そして2024年11月9日。

大会名を「飯田山トレイル」と決め、第一歩を踏み出すことになったのです。

日曜朝の飯田山

毎週日曜日の早朝、益城町総合運動公園から飯田山周辺を15~20kmほど走るコミュニティがあります。

その存在を教えてくれたのは、球磨川リバイバルトレイルでコース誘導をしていたときのことでした。

益城町の先輩である牧村和哉さんから、

「日曜の朝、飯田山を走っている人たちがいるよ」

と聞いたのです。

このコミュニティは、河野和博さん、牧村和哉さん、そして飯田山をこよなく愛する吉永由美さんたちが中心となって始まりました。

当初は3人で地図を片手に俵山山系や南阿蘇縦走路、飯田山周辺、託麻お遍路や益城三十三観音巡りなどを楽しんでいたそうです。

やがて活動の舞台は「日曜朝の飯田山」となり、今では約100人が参加するコミュニティへ成長しました。

夏は6時30分、冬は7時スタート。

参加表明も不要です。

走りたい人が集まり、山を走り、湧水で足を冷やしながら談笑する。

そんな自由で心地よいコミュニティです。

実は地元出身でありながら、私が初めて参加したのは2024年5月。大会を開催する年になってからでした。

その意味では、私は今でもコミュニティの新人です。

しかし、この仲間たちとの出会いがなければ、飯田山トレイルも、ましき朝飯トレイルも生まれていなかったと思います。

このコミュニティは、”Sunday飯田山”と名称をかえてこれからも飯田山周辺で活動を継続されます。

日曜朝の飯田山メンバーと山頂で

大会を支えてくれる仲間たち

大会を開催するには、まず運営団体が必要でした。

そこで立ち上げたのが「飯田山トレイル実行委員会」です。

実行委員の中心となったのは、日曜朝の飯田山コミュニティの仲間たちでした。

河野和博さん、牧村和哉さん、吉永由美さん、井上倫子さん、安枝寿恵さん。

普段から飯田山を走り、山を愛し、益城を愛する皆さんです。

そこへ、飯田山の女神こと吉永由美さんを支える吉永有志さん、とれっく(トレイルランニング熊本)で活動する塩塚勇樹さん、橋本玲子さんが加わってくださいました。

球磨川豪雨災害の復興支援活動を通じて知り合った岩田新吾さんは、八代からエイド主任として参加。

ASO Volcano Trailでご縁をいただいた秋好裕美さんには救護を担当していただき、山下久美さんには会計という重要な役割をお願いしました。

また、益城の4つの山をつなぐルート整備を進めていた新留琢郎さんには、コースアドバイスやWebサイト運営まで幅広く支えていただいています。

さらに、高校1年生からの同級生であり、現在は会社の同僚でもある河野吉昭さんにも加わってもらいました。

こうして14名の実行委員会ができあがりました。

会社員、医療関係者、自営業の方など、それぞれ異なる仕事や生活を持ちながら、「益城を盛り上げたい」「飯田山の魅力を伝えたい」という思いで集まった仲間たちです。

本業がある中で夜遅くまで打ち合わせをしたり、休日にコース整備をしたり。

皆さんが大会を少しでも良くしようと知恵を出し合い、動いてくれているおかげで、この大会は成り立っています。

私にとって飯田山トレイルは、一人で作った大会ではありません。

地域の仲間たちと一緒につくっている大会です。

飯田山トレイル実行委員会 14名全員で