玉虫ノスタルジア
このタイトルを見て、
「あれ? 先月こんな感じのタイトルなかった?」と思われた方。
はい、ありました 笑
先月、石川さんが「愛はかげろう」というタイトルで、お母さまとの思い出を書いていました。
そして今月の私。
「玉虫ノスタルジア」て。
愛はかげろうをパクったみたいですみません 笑
でもですね、すっごいタイミングでタマムシに会ったんですよ。
生きたタマムシに会うなんて、そうそうないんです。
パクらなくても、これは話題にしたかったのです。
タマムシが入る曲のタイトルないかなー(パクろうとしてるやん)
※吹奏楽の楽曲で見つけた”玉虫ノスタルジア”
大丈夫、あちらは母、こちらは父です。
かげろうではなく、タマムシです 笑
そんなわけで、今月も「日々のあさんぽ」を始めます。
山の日、タマムシが飛んできた
8月11日、山の日。
10月のハセツネまで、あと2か月。
そろそろ山を歩いておかないと、と午後から時間をつくって山へ向かった。
車を停め、ザックを背負う。
さぁ行こう、としたそのときだった。
何か大きな虫が飛んできた。
運転席側のフェンダー付近に止まったその虫を見て、
「タマムシ?」
思わず足を止めた。
ヤマトタマムシだった。
タマムシはエノキやケヤキなどの高いところを飛ぶ虫らしい。
6月から8月ごろに成虫が見られ、日中、太陽の光を浴びながら飛び回る。
そして何よりあの美しい色。
金緑色に輝く体に赤い縦のライン。
見る角度によって、緑にも青にも赤にも見える。
あの色は、単純な色素の色ではない。
翅(はね)の微細な構造が光を反射して生み出す「構造色」なのだそうだ。
古くから日本では美しい虫として珍重され、縁起のよい虫、幸運を呼ぶ虫とも考えられてきたという。
そんなタマムシが、山ではなく私の車に飛んできた。
しかも運転席側。
車を降りてドアを閉め、鍵をかける私の目に、必ず入る場所だった。
反対側なら、きっと気づかなかった。
そのまま飛んでいっていたかもしれない。
あまりにもタイミングがよかった。
でも、そのとき私の頭に真っ先に浮かんだのはタマムシの生態でも、幸運の虫という話でもなかった。
父だった。

冷凍庫の奥のタマムシ
父が亡くなったあと、家の片付けをしていたときのこと。
冷凍庫の奥から何かの虫の死骸が出てきた。
しかも袋にも入っていない。
「わっ! 虫!」
虫が苦手な私は当然びっくりする。
何の虫なのかも分からない。
兄に見てもらうと、
「タマムシやん」と言う。
「え? タマムシ?」
どうやら兄は、子どもの頃に父とタマムシを捕まえたことがあったらしい。父と兄の間ではタマムシを話題にしたことがあったらしい。
私は知らなかった。
娘の私は、父とタマムシの話しをしたことがなかった。
そっか。珍しいから取っておいたのだろう。
おそらく、生きたタマムシを冷凍庫に入れたわけではなく家の外で死んでいたものを拾って保管していたのだと思う。
それにしても、なぜ冷凍庫だったのか。
なぜ、そこまでして残していたのか。
今となっては、父に聞くことができない。
タマムシが昔から縁起のよい虫だと知った今なら、なおさら思う。幸運のお守りのようなものを父は何を思って冷凍庫の奥にしまったのだろう。
父はその家で40年以上暮らした。
そして、ある日、突然この世界からいなくなった。
その5年後。お盆の入口のような山の日。
これから山へ入ろうとしている私のところへ、珍しいタマムシが飛んできた。
「お父さん?」
ちょっとだけ、そう思った。
「ゆうこ、気をつけて行ってこい」
もしかしたら父が、
「ゆうこ、気をつけて行けよ」
「頑張れね」と言いに来たのかもしれない。
10月に出場するハセツネカップに向けて、背中重たくして山を歩く私を見に来たのかもしれない。
そう思うことにして私は山に入った。
実は、父を山で感じたことはこれが最初ではないんです。
晩年の父とは、できるだけ一緒に過ごす時間をつくろうと思っていました。
父の家へ様子を見に行っても、居間に二人で座っているだけでは、そう話すこともない。
親子とはいえ、黙って座っているだけでは時間もなかなか持たない。
そこで、近所の里山へ二人で歩きに行くようになった。
山道を歩けば足腰の鍛錬にもなる。
荒れているところがあれば、整備の話にもなる。
歩きながらなら、景色を見ながらなら、不思議と会話も続いた。
父が亡くなってから、その山へ一人で歩きに行った。
いつも二人だった道を、初めて一人で歩いたときのこと。
歩き始めて間もなく、風に乗って何かがヒラヒラと斜面を降りてきた。
足元に落ちたのは、一枚の羽根。
ヤマドリの羽根だった。
ヤマドリ自体もそうそう見かけるものではない。
そんなヤマドリの羽根が、このタイミングで思い出の山で、風に乗って私の足元に落ちてきた。
そのときも思った。父がついてきてくれたのかな、と。
その羽根は、今でも大切に取ってあります。

山では、父とよく話した
不思議なことに、父とは居間で向かい合って座っているより、山を歩きながらのほうが、たくさんの話をした。
昔の話。
山の話。
道具の使い方。
工具の手入れ。
若い頃は大工だった父が、道具をきちんと手入れして保管していたこと。
そして、生涯バイク乗りだった父からは、もちろんバイクの話も聞いた。
(これはまた別の機会に書こうと思う。)
山を歩きながら父と話したことは、山へ行かなかったら、きっと深く聞けていなかったことばかりだ。
そして、あれだけ一緒に話をしたはずなのに父が亡くなって5年経った今でも、
「そういえば、あれってどうだったんだろう」と、聞きたいことが出てくる。
でも、もう聞けない。

聞けなくなってから、聞きたいことが増えた
今はAIに聞けば、たいていのことは答えてくれる。知らないことを調べるのも、昔よりずっと簡単になった。
でも、父に聞きたかったことだけは、AIには答えられない。それは、父が生きてきた時間から出てくる言葉だからだ。
だから、もし今、親御さんが健在なら。
「また同じ話をしてる」
「そんなこと聞いてどうするの」
「親面倒」と思っても、ほんの少しだけ付き合ってみてほしい。
昔の仕事の話でもいい。
若い頃の話でもいい。
料理でも、道具でも、近所の人の話でもいい。
話題は何だっていいんです。
そのときはどうでもいいと思っていた話がいつか突然、自分にとって大切な記憶になることがある。
私も、今は歳をとってしまった母の話しにできる限り耳を傾けるようにしている。
いつか聞けなくなる日が来ることを、私はもう知っているから。
「ただいま」の先にあるもの
父がいなくなった家の玄関は、外から見れば何も変わらない。
玄関のドアもある。
庭もある。
倉庫なんか三つもある。
ただ、「ただいま」とドアを開けたときに聞こえていた、
「おぉ、ゆうこ来たか」という声だけが、もうない。
家の中のものは父が亡くなったあとに片付けてしまって室内はガランとしている。外の倉庫の中身はまだほとんど手をつけていない。
父が使っていた工具がたくさん残っている。
時々庭仕事をしていて、探しているものがすぐに見つからないことがある。
そんなときは「とうちゃん、あれどこにあるっけ?」と独り言を言いながら、次の倉庫へ向かう。すると、何となく開けた扉の、手を伸ばした先にだいたいある。
「あった。」
父が「ここあるよ。」と教えてくれているような気がする。
でも家には父の気配はない。
きっと父は好きだった山や、好きな場所へ、出かけているのかもしれない。
記憶は、光の角度で色を変える
子どもの頃、我が家は母子家庭だった。父とは離れて暮らしていた。お盆やお正月になると、母が兄と私を父の家へ行かせてくれた。年に二度ほど、父の家に数泊する。それが私の子どもの頃の恒例行事だった。
だから私の父との記憶は、毎日の暮らしの中に連続してあるものではない。何十年も前の、ところどころの場面として残っている。
でも、その場面は意外なほど鮮明だ。記憶というのは、言葉だけでは残らない。
父と山を歩きながら話したことも「何を話したか」だけではなく、そのとき見ていた木々や、山道の傾斜や、風の匂いや、光の具合まで、一緒に思い出す。
「あの場所で、こんな話をしたな」と景色と一緒に記憶が戻ってくる。
タマムシの色もそう。見る角度によって、緑にも赤にも、青にも見える。それはタマムシ自身が色を変えているのではなく、光の当たり方によって、私たちの目に届く色が変わっている。
なんだか記憶と似ている。
同じ父のことを思い出しても、20歳の私が見る父と、50歳になった私が見る父では、見えてくるものが違う。
子どもの頃には分からなかった父のことが、今になって少し分かることもある。
逆に、今になって初めて、「もっと聞いておけばよかった」と思うこともある。
タマムシの色は、光の当たり方で変わる。でも、父とタマムシの記憶は、何年経っても私の中から消えなかった。
あの日、山の日の午後。
これから山に入ろうとしていた私のところへ、タマムシが飛んできた。
父が冷凍庫にしまっていた、あのタマムシ。
今度出会ったタマムシは生きていた。
そして私は、山へ入った。
もしかしたら、父はまた山で待っているのかもしれない。
「ゆうこ、ここを歩こう」
いつものように先を歩きながら。
私はその後ろを、父のペースに合わせて少し遅れて歩いていく。
色んなことを思い返しながら、今日も山を歩く。
父が遺した言葉
父が亡くなったあと、一人暮らしの家を整理していて見つけた一枚のメモ。
死後の整理や手続きもわかりやすくしてくれていた、父らしい気遣いのメモの最後に、短くこう書かれていた。
「あなたたち(兄と私)は、私の誇りでした。」
5年経った今も、その言葉は私の中に鮮やかに残っていて、私が私でいるための芯になっている。
その言葉はタマムシの色のように。
光の当たる角度が変わるたび、少し違って見える。
でも消えることはない。
“玉虫ノスタルジア”


