気がつけば10月ですよ。
ハセツネねー。まだだいぶ先やん、と思っていたら、もう10日後じゃないっすか!!
9月はサウパや、やまのえんそうかいを走り、そのリカバリーや体調調整で山の練習はあんまりできていない。不安。
先日土砂降りの雨の中、タイミング的には練習しなくてはと背中に8kg、ポール持って山を歩いたら下りで濡れた落ち葉や木の根っこに足を取られ転倒。
手を負傷して、ポールを握ると痛い。
11日までに治すぞー!

今月のコラムは、ついにバイクネタへ。
今回から3回ほど、バイクのエピソードを綴ります。
扉が開いた。
先月のコラムでも触れた「父の死」。
突然のことだったので、一生分くらい泣いた。
それでも涙は枯れ果てず、遺品整理でも悲しさとホコリで涙と鼻水が止まらない。
そんな中、父がバイクに跨っている写真がヒラリと出てきた。

父はずっとバイクに乗っていた。車種は変わってもいつもホンダ。子どもの頃、後ろに乗せてもらった記憶もある。
「お父さんの背中」にくっついてる幼心にはバイクが危ない乗り物なんて思いもしない。ただただ楽しかった。
余談ですが、当時テレビで放送されていた「キャッツ♡アイ」の次女・瞳ちゃんがバイクで走る姿にも憧れた。
「あんなかっこいいオンナになりたいなー。」

「バイクはやめとけ」と言い続けた父。
今になって考えると、父自身がバイクの楽しさも怖さも知っていた。だからこそ、娘には乗ってほしくなかったのだろう。
納得できるわけないけど。
めちゃくちゃ勝手だが、今やバイク乗りの私も息子や娘がバイクの免許欲しいって言ったら「やめときな!バイクは危ないし暑いし寒いし雨が降るし人も荷物も乗らんよ!?」と言いそう。汗
そしてその父がいなくなり、私の二輪免許取得への扉が、バーーーンと開いた。
そう、扉の前に立ちはだかっていた人がいなくなったのだ。
父を亡くしてしんみりしていた私の気持ちは、いつの間にか「しめしめ」に変わっていた。
不謹慎かもしれない。でも、私はまだ生きている。この先の人生の続きに、バイクというスパイスを加えたっていいじゃん。
子育てもとっくに卒業。自分の時間も持てるようになった。
バイクに乗るなら、今やん。
こうして私は、45歳で二輪免許を取りに行くことにした。
令和4年。入校したのは、2月の寒い時期だった。
45歳、教習所へ
久しぶりの習い事が、国家資格取得である。
入校式には高校生や大学生がいっぱい。そこに混じる私は、どう見ても勤続年数の長そうな自動車学校の職員さん。
18歳の子たちが自転車やスクールバスで教習所に通う中、私は愛車で乗りつける。なんなら、25年以上の運転歴があるのよ。
キミたちが生まれるずーっと前から運転してる。笑
しかも、私の免許はマニュアル。オートマ限定という制度が出来た頃だったけど、当時は就職先の社用車なんかまだマニュアルばかり。
オートマ限定じゃ乗れる車を選ぶし何より運転が楽しそうで迷いなくマニュアル。最初に買った三菱ミニカもマニュアル車だった。
なのでクラッチもギアも仕組みはわかっている。だからといって、バイクに簡単に乗れるわけではない。
自転車乗れますか?
そもそも私、バイクって原付にすら乗ったことがなかった。
3月生まれの私は高校卒業後、働きながら夜間に教習所へ通っていたので、原チャ講習の時間を逃してしまったらしい。つまり、45歳にして初めて乗るバイクが、中免の教習車、ホンダCB400SF。名車スーフォアね!!

最初の教習で教官から聞かれたのは、
「自転車、乗れますか?」だった。
よく聞く「バイクを起こせないと免許は取れない」ではない。
「はい、乗れます。」
そこから?ってなる。
そりゃ、二輪車。まずはバランスを取れなければ話にならない。
マニュアル車の経験があると伝えると、教官は「あ、それなら簡単ですね」という感じ。
「クラッチは左手、ギアは左足。はい、じゃあ走ってみよう」
先生は悪くないけど、車の教習に比べると、なんだか説明パパッと簡単すぎて雑じゃないですか?
不安しかないのにいきなり一人で乗るのか。(そりゃ基本一人乗りやん)自転車練習みたいに誰かが後ろ握ってるわけじゃない。
左手でクラッチを握り、ギアを入れ、アクセルを開けながらクラッチをつないでいく。すると、バイクが動き出す。
車と違って、止まれば自分の足で支えなければ倒れてしまう。発進と停止だけでフラフラ、ヒヤヒヤ。
速度に乗れば安定の乗り物だけど低速は技術と体幹。
大人になって久しぶりに通う習い事が、こんなにスリリングとは。
人生、何があるかわからない。

もうひとつの敵
バイクの操作も大変だったけれど、私にはもうひとつ厄介なものがあった。複雑な教習コースの暗記である。
Googleナビは使えない。
Aコース、Bコース。決められた順番で走らなければならない。
次は右折、次は一旦停止、次は踏切。
もらったコースマップを見ながら、頭の中で何度もイメージトレーニング。帰宅しても夕食を作りながらも、お風呂でも、寝る前も、脳内では教習コースがぐるぐる。夢にも出てきた。
覚えたと思っていても、いざ教習では
「あれ? 次どっち!?」
バイクの操作に集中すればコースを忘れ、コースを思い出そうとすれば徐行しすぎてバランスが怪しくなる。
バイクの技術以前に、記憶力との戦いだった。

私、タンデムで良くない!?
教習コースには、時速40キロまで上げなきゃいけない直線があった。車で40キロなら、なんてことはない。
バイクでは体感速度がまるで違うし、敷地に限りがあり余計にスピード感ある。その先にはすぐカーブ。今ならなんてことないけどこわい。
スラローム、クランク、一本橋。少しずつバイクの操作に慣れていった。
そんな中、教官の後ろに乗ってコースを回る機会があった。
車のように助手席から教えてもらえない分、先生の後ろに乗ってコースのポイントを教えてもらう。
「次、右ね」
「ここで一旦停止」
「次は踏切」
あれー!?先生とのニケツがめちゃ楽しい!
私、免許いる?
もうタンデムで良くない!?
(誰が乗せてくれるんだ?)
子どもの頃、父のバイクの後ろに乗っていた私が、今度は自分でバイクを運転するために教習所に通っている。
自分であんなもん運転する日がくるなんて。なんだか不思議。
そして、こぎつけた普通自動二輪の卒業検定。
結果は、一発合格。
追加教習もなく、無事に普通自動二輪免許(中免)を取得した。
よし。
これで、バイクに乗れる!と思ったのだけど。
大海原へ
免許を取ったものの、自分のバイクがない。
バイクの世界は車種もスタイルも多種多様。のちに大型まで取得すると思うと排気量も含めどんなバイクを買うか、まだ決めかねていた。
そこで、まずはレンタルバイクを借りて、いろいろ乗ってみることに。
初めての公道で選んだのは、教習所で乗り慣れたCB400SF。教習車と同じ車種なら、少しは安心だろう。
お気付きだろうか。
車の免許と違って、二輪免許の教習には仮免許がない。つまり、免許を取るまでは一般道を走る機会がないのだ。
レンタルバイクの受付を済ませ、バイクに跨り、いよいよ一般道へ。その瞬間のことは、今でもよく覚えている。
せっかく取った免許、持ってるだけじゃもったいない。私は一人でも乗ると決めていた。怖がらないで積極的に乗らないと乗れなくなる。乗らなくなる。
教習所では教官がいて、決められたコースがあり、周りにも教習車がいる。何があっても安心な世界だった。
ところがレンタルバイク屋さんを出ると、普通に車がビュンビュン走っている。中にはマナー知らずな車もいるし、車との間隔も教習所とは比べものにならないほど近い。誰も私を守ってはくれない。
防波堤のある港から、大海原に一人で放り出されたような気分だった。
しかも、バイク個体の癖をつかむまでの最初の5分くらい。400ccのバイクに乗っているのに、肥後銀行のカブやヤクルトのおばちゃんスクーターに抜かれた。(なんならヤクルト満載で重いはず)
あちらは仕事。こちらは必死。
車から見たバイクの怖さも、よく知っている。転べば生身。怖くないわけがない。
でも、なんだろう。
怖さよりも「楽しい」が勝ってしまう。
父がどうしてあんなにバイクを好きだったのか。
自分で乗るようになって、少しずつわかってきた。
父が16歳ぐらいの頃、バイクはきっと今の私が思う以上に自由で、遠くへ連れて行ってくれる乗り物だったのだろう。行動範囲を広げ父の世界が広がったはず。
私もようやく、その魅力を知ることになった。
そして、ここから私のバイク生活が始まる。
中免は取った。
バイクは、まだない。
さて、どうする。
