さて、今月も納期がやってきた。Issueの連載コラムの締切だ。
あれだけ時間があったのに、結局また追い込まれてしまった。これは人生にも言えることである。
人生は、逃してしまった機会も含めて形づくられる
Our lives are defined by opportunities; even the ones we miss.
『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』
最近、ことあるごとに「終活」の話をしている。
僕の人生というテーマパークにも閉館時間が迫っている。もうすべての乗り物に乗ることはできないのだから、何に乗るのかを選ばなくてはならない。無駄な時間を過ごしている場合ではない。そんなことを偉そうに書いてきた。
そして今、締切を過ぎた原稿を慌てて書いている。まさに人生の縮図である。
いくつになっても人は進歩しない。
(こらこら、人を巻き込むな)
ここまで原稿を書くのを引っ張ってきたのには、実は理由があった。9月28日が、長年事務所として使ってきたマンションの引き渡し日だったからだ。
ちなみに原稿の締切は25日である。笑

このマンションを購入したのは、僕が37歳の頃だった。今から約21年前になる。
当時、ポッドキャストでも話したとおり、僕はブイブイ言わせていた。どのくらいブイブイ言わせていたかというと、言うと嫌味に聞こえるので言わない。(なんでや!)
当時は別の場所に事務所があって、このマンションは小洒落たギャラリーにしようと思って購入した。
3LDKの壁をぶち抜いてワンフロアにし、天井を剥いで躯体を出し、配管で配線をまとめた。当時の商業建築でよく見られた、おしゃれな配線処理である。壁は吉井町の漆喰職人さんに塗ってもらい、床には無垢のピーチ材を張り、作品を飾るためのピクチャーレールも取り付けた。

めちゃくちゃ小洒落た空間ができた。
ここでギャラリーをやるつもりだった。ところが当時は仕事が忙しく、まったく運営まで手が回らない。立派な箱だけつくって、肝心のソフトが追いつかなかったのである。
しばらく放置していた。
桜坂の高台にあるこのマンションからの景色は最高だった。今では周囲に高いマンションが建ち並び、当時の眺望を見ることはできなくなったが、港方面にはうっすら海も見えていた。大濠公園の花火大会も、ここからきれいに見ることができた。

その頃、事務所は薬院にあった。せっかくつくったのに持て余しているこの空間がもったいなくなり、だったら事務所をこっちに移そう、となった。
まったくビジョンのない、行き当たりばったりの人生である。
人生はチョコレートの箱。開けてみるまでわからない
Life was like a box of chocolates. You never know what you’re gonna get.
『フォレスト・ガンプ』
僕の大好きな映画の言葉だ。
人生には予測できないことが待っている。というより、予測できないことだらけなのかもしれない。でも、その中には、ときどきキラキラと輝く宝石のような出来事が混じっている。
振り返ってみると、この場所から今の自分につながる出会いや出来事がたくさん生まれた。ここへ引っ越してきたとき、こんな未来が待っているなんて想像もしていなかった。
まず、ブイブイ言わせていた自分が走り始めるとは思わなかった。登山ならともかく、100kmも100マイルも、まして山の中を走るなんて想像すらしていなかった。
それも紐解いていけば、いくつもの出会いにつながっている。
2014年11月、僕が開いたハイクの写真展に豊嶋さんがやってきた。ポッドキャストのepi7とepi69にも登場している、九州のハイクコミュニティ「happy hikers」を主宰する人物だ。
その頃はまだhappyhikersを立ち上げる前で、彼は東京から福岡へ引っ越してきたばかりだった。そのとき交わしたのは、「何か面白いことができたらいいですね〜」という程度の挨拶だった。
それが、その後一緒にhappyhikersを立ち上げるところまで進んでいく。2016年には、九重の法華院温泉山荘で最初のイベント「happy hikers法華院ギャザリング」を開催した。

初期のメンバーが顔を合わせたのも、この事務所だった。その後もhappy hikersギャザリングをはじめ、さまざまなイベントについて何度もここで話し合った。この小さな部屋から、いくつものつながりやコミュニティが生まれていったと言っても過言ではないと思う。


この場所には、ほかにも人との縁をつなぐ活動があった。本業であるデザインを教える「デザイン塾」だ。
毎週、多くの塾生がここへやってきた。ここで知り合い、その後いろいろな活動が生まれた。今ではプロのデザイナーとして活躍している人も多い。



仕事も、趣味も、遊びもあった。この場所が、いろいろな縁を結んでくれた。どれだけの芽を育んできたのか、自分でもわからない。そういう場所だった。
そしてもちろん、7trailsもここから生まれた。
ポッドキャスト「ラジオ練」もここで収録し、本当にたくさんのゲストがこの部屋を訪れてくれた。石川弘樹さんが来てくれたときには、本当に「人生はチョコレートの箱だな」と思った。


土井さん、川崎さん、森本さん、鬼塚さん。名だたるランナーたちがこの事務所を訪れ、いつも使っている机を囲んで話をした。
21年前の僕には、想像できるはずもない。
あのときギャラリーがうまくいかなかったから、ここは事務所になった。事務所になったから、人が集まった。そして人が集まったから、いろいろなものが始まった。

実現しなかったことも、あとから振り返れば、ちゃんと人生の続きをつくっていた。
なりたい自分になるのに、遅すぎることはない
It’s never too late to be whoever you want to be.
『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』
37歳の自分から受け継いだこの事務所を、58歳の僕が片付けている。

21年前の夢や希望が詰まった場所を閉じるのは、やはり忍びない。当時から1ミリも動かしていなかった机やキャビネットを運び出すと、その下から現れた床だけが真っ白で、そこだけ何かが落ちているように浮いて見えた。
見慣れた景色がひとつずつ消えていく。そして部屋は少しずつ、僕がここへやってきた21年前の、何もなかった状態へ戻っていった。

次の仕事場は「家」だ。
20代前半で独立し、すぐに事務所を構えた。それからずっと忙しい日々を送ってきたので、考えてみれば家で過ごした時間はそれほど長くない。夜中に帰ってきて、朝になれば事務所へ向かう。「家は寝る場所」。そんな生活を何十年も続けてきた。
だから今になって、家で過ごすことを少し楽しみにしている。

事務所から家へ移ることを、僕はまったくマイナスには捉えていない。むしろ、これまでより軽くなる。仕事は好きな時間にできるし、思いついたときにすぐ手を動かせる。クリエイティブのスピードを鈍らせずに済む。
僕は「終活、終活」と言っているけれど、やっていることは、もしかすると逆なのかもしれない。
人生を終えるための準備ではなく、これから精力的に動くための準備だ。
前回のコラムで、僕の人生というテーマパークにも閉館時間が迫っている、と書いた。もうすべての乗り物には乗れない。だから、乗るものを選ばなければならない。
今回は、その続きをやっているのだと思う。
選んだものに思い切り時間を使うために、もう乗らないものを手放している。場所も、物も、仕事も。必要のなくなったものを降ろして、自分を少しずつ軽くしている。

始めるのに、時間制限なんてない。始めたいときに始めればいい
There’s no time limit. Start whenever you want.
『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』
僕には、トレイルランニングで鍛えた足がある。まだ100マイルを走れるし、やりたいこともたくさんある。
事務所という場所を維持することに使っていた時間やお金や気持ちを、これからはもっと自分がやりたいことへ向けられる。家で仕事をし、必要なら外へ出て、人に会い、山へ行く。そして、ここからまた新しいものをつくっていけばいい。
考えてみれば、21年前もそうだった。
ギャラリーをやろうと思ってこの場所をつくったのに、思いどおりにはならなかった。でも、その「思いどおりにならなかった場所」から、happyhikersも、デザイン塾のつながりも、7trailsも生まれた。
37歳の僕は、その先に待っていた21年間を知らなかった。
そして今、58歳の僕も、この先に何が待っているのか知らない。
それでいいのだと思う。
人生はチョコレートの箱なのだから、次に何が入っているのかは、開けてみなければわからない。
ただひとつ、21年前と違うことがある。
荷物は、あの頃よりずっと軽くなった。そして足は、あの頃よりずっと強くなった。
次はどんなピークを踏めるのか。
楽しみでならない。

