あしたこそ走ろうかな
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暗室を手放した日

僕は長い間、暗室を持っていた。

暗室といっても、モノクロ写真を焼くためのものではない。カラーネガフィルムから、自分でカラープリントをつくるための暗室だ。

30代の前半からだから、もうずいぶん長い。

当時、仕事で写真を扱う場合はポジフィルムを使うことが多かった。けれど、自分の作品として写真を撮るときは、ネガフィルムからカラープリントをつくるという方法が好きだった。

暗室には二台の引き伸ばし機があった。一台はLUCKYのVR70。35mmからブローニーまで焼ける引き伸ばし機で、もう一台は4×5まで扱えるLPL7451のという大型引き伸ばし機だった。

同じネガを焼いても、引き伸ばし機が変わればプリントの表情が変わる。集光式か散光式かによって光の回り方が違い、色やコントラスト、硬さが微妙に変わる。

そこに、さらにレンズが加わる。

僕がよく使っていたのは、ローデンシュトックのApo-Rodagon 80mm。ニコンのレンズを使うこともあった。同じネガ、同じ印画紙でも、レンズを変えるとまた少し表情が違う。

二枚並べて見なければ、普通の人にはわからないくらいの違いかもしれない。

でも、僕にはわかる。

そのわずかな違いが面白かった。

こんなことならレンズの写真も撮っておけばよかった。

僕はローライフレックスの二眼レフをよく使っていた。6×6(ロクロク)フォーマット(正方形)の写真が撮れるカメラだ。ローライを首から下げて北アルプスを何日も縦走したこともある。山だけではなく、人も撮ったし、日常も撮った。仕事でも写真を使った。

撮影したフィルムが現像から戻ってくると、まずベタ焼きをつくる。

コンタクトプリンターにネガと印画紙を挟み、フィルムとほぼ同じ大きさで一枚ずつ並んだ写真を焼く。そこでネガの状態を見ながら、どの写真を大きくするのか、どのくらいの濃度で焼くのか、色をどうするのかを考える。

暗室を暗くして、引き伸ばし機にネガを入れる。フィルターを調整し、露光する。印画紙を現像機に通す。そして出てきたプリントを乾燥し明るいところで見て、また暗室に戻る。

もう少し濃くする。
少しマゼンタを引く。
露光時間を変える。

それを何度も繰り返す。

今考えると、恐ろしく時間のかかることをやっていた。

でも、その時間が好きだったのだと思う。

「ベタ」と呼ばれるネガフィルムを原寸でプリントしたもの。

最近、その暗室の機材をすべて手放した。

知り合いのカメラマンが暗室をつくりたいと言ってくれたからだ。

一台ずつバラバラにして売れば、もう少しお金になったのかもしれない。でも、そういうことはあまり考えなかった。今となっては、カラープリントの暗室を一式揃えること自体が難しい。だったら、その価値がわかっていて、これから実際に使ってくれる人にまとめて渡したかった。

だから「売った」というより、「譲った」という感覚のほうが僕には近い。

それでも、最後まで手元に残そうかと迷ったものがある。

Apo-Rodagonの80mmだ。

小さな引き伸ばしレンズを手に持ったとき、少し胸が詰まった。

考えてみれば、このレンズは僕がこれまで撮ってきたネガのほとんどを見ている。

北アルプスで撮った写真も、人を撮った写真も、何でもない日常を撮ったものも、このレンズを通って印画紙の上に現れた。

僕と同じだけ、僕の写真を見てきたレンズなのだ。

これだけは持っておこうか。

ずいぶん迷った。

でも、やめた。

このレンズで焼いたプリントがどんな表情になるのかを、僕は知っている。だったら棚の中に置いておくより、次の暗室で、また写真を焼いてもらったほうがいい。

コンタクトプリンターも同じだった。何本のネガをそこに挟んだかわからない。これにも思い入れがあった。

それも全部、渡した。

機材がなくなった部屋を見ると、やはり少し寂しかった。

一度手放せば、もう二度と同じ環境をつくることはできないだろう。

でも、不思議と後悔はなかった。

むしろ、少し軽くなった。

北アルプスの写真展をしたギャラリーの一角。このカメラが二眼カメラと呼ばれるカメラだ。

最近、こういうことをよく考える。

僕は58歳になった。

病気をしているわけではないし、今のところ元気に山を走っている。それでも、この歳になると、人生には限りがあるという、ごく当たり前のことが少しずつ現実味を持ってくる。

あと何年生きるのかはわからない。

20年かもしれないし、30年かもしれない。もっと短いかもしれない。

それは誰にもわからない。

だから死ぬ準備をしたい、という話ではない。

むしろ逆だ。

これからの時間を、もっとちゃんと生きるために整理しておきたいと思うようになった。

使わなくなったものを手放す。着なくなった服を売る。維持するだけでお金がかかるものを見直す。管理しなければならないものを減らす。

物を持つということは、その物が占める場所だけの問題ではない。

維持する時間がいる。
メンテナンスする手間がいる。
お金もかかる。
そして頭のどこかで、ずっとその存在を管理している。

ひとつ手放すたびに、その小さな負担も一緒になくなっていく。

すると、不思議なくらい気持ちが軽くなる。

まあまあ重い。首がもげそうになる。

そんなことを考えるようになったのは、もしかするとトレイルランニングの影響もあるのかもしれない。

100kmや100マイルのレースを走るとき、何を持っていくのかを徹底的に考える。

必要なものを持たなければ、山の中で困る。場合によっては危険にもなる。

しかし、何でも持っていけばいいわけでもない。

荷物が増えれば、その重さを自分で背負って100km、160kmと運ばなければならない。

何が必要なのか。
何が不要なのか。
どこで補給するのか。
この先、何が起きるのか。
そのために今、何を持つべきなのか。

長いレースでは、それを考え続ける。

100マイルを走っていると、ときどき人生に似ているなと思う。

無計画では、なかなか最後までたどり着けない。

かといって、あらゆる事態を恐れて全部を背負えば、重すぎて前に進めない。

必要なものは持つ。
いらないものは置いていく。
そして、自分が行きたい場所を決める。

今、僕がやっている整理も、それに近いのかもしれない。

暗室で過ごした時間を捨てたわけではない。

ローライを首から下げて歩いた山も、暗室の中で何度も焼き直したプリントも、Apo-Rodagonを通して表現してきた写真も、なくなるわけではない。

それらはもう、自分の中にある。

だったら、道具までずっと持っていなくてもいい。

今の僕は、時間があれば山へ行きたい。

走りたい。
人に会いたい。
話を聞きたい。
写真を撮りたい。
文章を書きたい。
何かをつくりたい。

昔よりも、やりたいことは増えている。

でも、使える時間は昔より確実に少なくなっている。

だったら、これからは何を持っているかではなく、何に時間を使うかを選んでいきたい。

暗室を手放したのは、写真をやめたからではない。

僕の人生の中で大切だったものを、その価値がわかる人へ渡して、自分は次の場所へ進むためだ。

100マイルのスタートラインに立つ前に、ザックの中身をひとつずつ確認するように。

これからの20年に何を持っていくのか。

今、その装備を選び直している。

マックス背負ってる(笑)。ハッセルにMark2かー。体力あったなー(笑)。

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