凡走脱出記
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モーリーは、サブ3を目指すことにした。——2度目の。

モーリーは、サブ3を目指すことにした。

唐突だが、そう決めた。細かい理由は後で話す。

自己紹介——凡才の履歴書

Shioya Mountain Clubの立ち上げメンバーで、今は7trailsに所属している。福岡在住、1978年生まれ。

走り始めて15年になる。きっかけは、ありきたりだがダイエットだ。結婚後の幸せ太りで体重はMAX72kgまで増加。このままではまずいと思い、地元・愛媛で走り始めた。

初マラソンの愛媛マラソンは4時間40分。そこから真面目に練習を重ねてサブ3.5を達成し、記録を伸ばしていった。ただ、当時の自分にとってサブ3は別次元の話であり、目指そうとも思っていなかった。

初マラソン 2011年2月 愛媛マラソン。シューズはニューバランスの間寛平モデル。

そんな時に出会ったのが富士登山競走だ。横浜転勤中にその存在を知り、一気に山を走るおもしろさに目覚めた。トレイルが楽しすぎて、ロードのマラソン練習は完全にストップ。その後、神戸に移ってからは、Shioya Mountain Clubの立ち上げに関わった。ロングレースの完走と、エイドの完食が目標。そんな凡トレイルランナーとして、山を楽しんでいた。5年前に福岡へ移住し、今は7trailsの一員として走っている。

15年。なかなかの年数だ。にもかかわらず、誇れるような特筆すべき記録がない。山もロードもウルトラも走り、100マイルや富士登山競走も完走してきた。けれど、遅くはないが、速くもない。

マラソン完走者のうち、サブ3を達成できるのは5%以下と言われている。「走れる人」の中でも、ほとんどの人が届かない高い壁だ。サイラーにもなれなかった。15年走ってきて、未だにその壁の手前にいる。それが、凡才ランナーである僕の現在地だ。

そして、これは走りに限った話ではない。

仕事はそつなくこなす(たぶん)。趣味の植物も、ビカクシダとアガベが好きで気づけば100株以上になり、リビングはもはや植物店のようだ。料理も得意で、これには自信がある。

外見や体裁はそれなりに整うけれど、どれも突き抜けることができない。植物で有名になったわけでもなければ、料理だってプロではない。全部、1.5流。そつなくこなすけれど、極めることができない。その絶妙な物足りなさは、なんとなく伝わる人には伝わると思う。

リビングのビカクウォールとアカベ棚。ベランダも植物で溢れている。

大撃沈の記録

そんな僕が、昨シーズンにサブ3を目指した。

きっかけは「凡ランナーグランドスラム」だった。石川さん、友納さんと3人で、マラソン・ウルトラ・トレランロング・トレランミドルをポイント制で争うという企画だ。結局、構想だけで実現はしなかったが、これを機に10年ぶりとなる本格的なマラソン練習を再開した。

当時は3時間22分が自己ベスト。絶対に更新できると思っていた。最初は3時間15分あたりを目標にしていたが、インターバルや閾値走を取り入れ、すーさんにランニングフォームを改善してもらううちに、走力はグングン向上。COROSのデータ上でも、サブ3が完全に射程に入るレベルまで達していた。

しかし、本命だった北九州マラソンは大撃沈。その後、さが桜マラソンでは3時間12分と自己ベストこそ更新したものの、無難にまとめる形となり、サブ3には届かなかった。

詳しくは7trailsラジオのポッドキャストで生々しく収録しているので、聴いたことがない人はぜひ聴いてほしい。

サブ3の背中は、確かに見えた。でも、届かなかった。悔しかった。

だから、もう一回やる。

なぜ、今年こそ行けると思うのか

正直に言う。根拠は薄い。

でも、「できるんじゃないか」という感覚だけはある。15年間走ってきた体と、昨シーズンの経験、そしてあの悔しさ。それだけを持って、もう一度スタートラインに立つ。

凡才が本気になると、どうなるか。

みなさんに見てもらおうと思って、この連載を始めることにした。

凡走からの脱出、始めます。——スイーツとアイスを食べながら


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