What’s Real、リアルなこととは何か。
これは自分が大事にしている考え方のひとつだ。
トレイルランニングでも、仕事でも、人との関係でも、道具選びでも、それらはすべて同じ。誰かに与えられた価値観ではなく、自分にとっての「リアル」とは何か。
背伸びをせず、仕事や家庭も回しながら、今置かれている環境の中で自分が目指すべき挑戦とは何か。自分の強さも弱さも含めて、本心から真摯に向き合えるものを大切にしたい。
この連載では、山を走りながら考えていること、日々の暮らしの中で感じたことを、できるだけそのままリアルに書いていこうと思う。
まずは初回なので自己紹介的な話。ポッドキャスト ラジオ練でも数回お話しさせてもらったことがあるが自分は2020年、コロナ禍をきっかけとする運動不足、そしてルナサンダル、ベアフットランと出会ったことで走り出した。それまではバックパッカーやバンド、DJといった文化的なものに傾倒し、ロクに運動してこなかった人生だったのでサンダルを通したダイレクトな刺激を感じて走ることに衝撃を受けて、気付けばトレイルランニングの沼にハマり、練習会やレースで知り合うごとにどんどん変態度が増していく(笑)仲間の濃さに魅了され、今では仕事も兼ねてアジア各地を訪れて、ローカルコミュニティと繋がっていくというような旅の延長としてレースを楽しんでいる。
思えば遠くへ来たもんだ
元々はアウトドア関連の前職で、各地域の山にフィールド調査と称してハイクで登る機会が多かったため、装備を軽量化することにUL的な楽しみを見出していたこともあったが、パッキングで数十グラム、下手したら数グラムを削るのに必死になるならば自分の体重を落として、かつ体力をつけた方が手っ取り早い(笑)という考えや、大好きなギアについて誰よりも詳しくなりたい、という思いで、手に入れたレインウェアや最新素材のインサレーションで人体実験を重ねるためにも、「登山は週末2日しかできないが通勤ランなら毎日できる」ということでコロナ禍の2020年秋に毎日片道13km弱、走り出したのがきっかけだった。
その頃はまだマイペースにロードをジョグペースで走るのが関の山で、トレイルランニングに対しては自分とは縁遠い世界、と思っていて、正直言うとトレイルランナーの人々はキラキラ&ギラギラ&オラオラな印象があって、勝手に苦手意識を持っていた笑

2021年 第一回英彦山峰入り道トレイルボランティアでの出会い
そんな自分を変えたのが、2021年12月に開催された第一回英彦山峰入り道トレイルでのボランティアだった。当時、自治体関係の仕事をしていた自分は自治体の方から、英彦山山域でトレイルランニングレースを開催したいと相談を受けた。もちろん当時トレイルランナーでもないし、運営経験もない自分はなすすべがなく、時折仕事でご一緒していたUF高木さんにご相談し、幾度とない現地調査や役場・警察との協議を重ねていただき、第一回の開催にこぎつけた。
自分が多少なりとも関わったレースなのに、当日全く顔を出さないのもいかがなものかということで斫石峠エイドでの通過チェックを担当することになった。その時初めて目にするトレイルランナーのかっこよさ。夜明け前秋月城から法螺貝が鳴り響く中、凍えるような寒さでも短パンにヘッデンをつけて出発するランナーの集団はさながら武士のよう。めちゃくちゃかっこよかった。
ボラの間も、エイドを準備してくださった地域の方々、様々な役割のボラの方々とお話ししながら、大勢の関係者がいる中でようやくトレイルランニングのレースが成立していることを目の当たりにした。何より、その時初めてお話ししたボランティアのトレイルランナーの皆さん。思い返すと、梶原さんや岡村さん、富士子さん、飯田さんをはじめ、今ではすっかりレースや練習会でご一緒させていただく皆さんとお会いして、関わる人全員でレースを作り上げる、という草の根のカルチャーに衝撃を受けた。
そして何よりも、フィニッシュ後に、ゴールゲート前で深々とお辞儀をする選手たち。トレイルランナーは、ただただ駆け回ることを楽しみとしているだけ(失礼!)だと思っていたので、その美しい姿を目撃して自分の中で稲妻が走った。この人たちはレースに対して感謝の気持ちで走っていて、山に対しては畏怖の念を持ち、走らせてもらうという意識で走っている。それは自分が常に大事にしたいと思っていた軸であり、それはハイカーもトレイルランナーも一緒である、ということにこの時に気付かされた。自然の前に人は全て等しく、何も区別するものはない。勝手にトレイルランナーに対して苦手意識を持っていた自分自身を酷く恥じた瞬間でもあった。

憧れのトレイルレースデビュー、そして100マイル。
英彦山峰入り道トレイルを終えてトレイルレースに対して思いが高まっている中で、自分が最初に目標にしたレースは2022年の平尾台トレイルランニングレースだった。これまた自分を見事にトレイルランニング沼に導いた、パタゴニアの加藤さんにコロナ前にその魅力をプレゼンいただき、興味を持っていながらも自分なんかがトレイルを走れるわけない、と出走を先延ばしにしていたレースだ。平尾台についても色々と思いがありすぎて今回は書ききれないのでまたいつかお話ししたい(笑)ので今回は割愛するが、無事40kmのレースデビューを果たした後、気づけば100k、そして100マイルと距離に対する思いは強くなる一方だった。
この話も今回割愛するが、2024年にFuji100で初めて夢の100マイルを完走したのだが、自分の中で何か違和感があり、順位はあくまで相対的なものであり、そこを求めるレースには自分自身が興味も実力もなく、それらよりももっとレースの中で「旅」を擬似体験することに自分は興味があるのだと気付かされた。それは英彦山峰入り道トレイルで感じたような人と人が助け合い、ともにゴールを目指し、讃えあうもの。もちろん結果としてタイムや順位はつきまとうが、自分はレース道中の人との出会いや一人の時間に向き合う自分の思考、感覚を確かめたい。それが自分にとっての「旅」だ。

