サブ3を目指すと宣言した。あれから、走っていない。
正確には、少しは走っている。でも、宣言した人間の距離じゃない。6月の走行距離は200kmに届かなかった。
かつて神戸に住んでいたことがある。だから、秋には神戸マラソンでサブ3を達成し、あの街に凱旋するつもりだった。
落選した。
目標を失ったわけじゃない。秋からのシーズン、走るべき本命レースは他にある。
言い訳ならいくらでもできる。暑い。忙しい。疲れている。
結局、スイッチが入らないだけ。環境や気分に左右される。それが、凡ランナーの現実だ。
走れていない時間、何をしているか。植物に触れている。

前回も書いたが、僕は観葉植物をたくさん育てている。自称、九州トレイル界隈No.2。異論は認める。1位はsukesouさん。彼の育てるチランジアは、本当にすごい。
100株以上と向き合っていると、わかることがある。
植物は、環境が8割、遺伝が2割。どれほど血統が良くても、環境が整っていなければカッコよく育たない。それどころか、簡単に枯れる。
人間も、おそらくそうだ。走力も、才能より環境で決まる。
植物の場合は、その要素は4つ。風、光、水、温度。

風・光・水・温度
一番大事なのは、風。
うちには植物用のサーキュレーターが6台ある。植物に直接風を当てるためではなく、室内の空気を撹拌するため。淀みのない空気の流れを作る。
風が足りないと、カイガラムシがつく。土や水苔が乾かず、根腐れが起きる。風は、見えないところで植物の命を守っている。
光は、レースカーテン越しの光が一番間違いない。ただ、それだけでは「無難」で終わる。カッコよく育てたいなら、やはり植物用のLEDを使うべき。専用でなくても、一般的なLEDで補光するだけでも効果はある。
水やりには、唯一の正解がない。用土の種類、量、水はけ、風、光。環境によって最適解は変わる。
だから僕は、鉢の重さで判断する。持ち上げて、軽くなったら、たっぷりあげる。それが一番シンプルで、確実。
「たっぷり」とは、用土の体積の3倍以上。目的は、土の中の新陳代謝。古い水と空気を押し出し、根に新鮮な酸素を送り込む。水やりは、水をあげる行為じゃない。呼吸をさせる行為だ。
最後に温度。僕が好きなビカクシダなら20〜28度がベスト。
真夏の35度超えは、屋外だと危険域。逆に10度を下回ると、動きは一気に悪くなる。そのタイミングで植え替えや剪定をすると、最悪枯れる。
何をするかより、いつやるか。すべては、タイミング。
強く、逞しく、カッコよくなるには、ストレスがいる。

ストレスが強くする
適度な負荷が、根を張らせ、幹を太くする。人間も同じ。負荷のないトレーニングでは、強くならない。
でも、過剰な負荷は話が別。植物は枯れる。人間は壊れる。
正直、いっぱい枯らしてきた。真夏の直射日光、寒波、植え替えの時期の誤り。全部、僕の判断ミス。植物は言い訳をしない。ただ、静かに枯れていく。
大事なのは、個性を見極めること。乾燥に強いもの、湿度を好むもの、日陰が得意なもの。植物にはそれぞれ個性があって、面白い。タイミングも大事。焦ってもろくな事はない、待つのも園芸。
ここまで少し難しく書いたが、これは僕が競技のように植物を育てているから。ランニングで言えば、インターバルやLT走を繰り返して、サブ3狙うようなものだ。
ただ愛でるだけなら、難しい話じゃない。風通しの良い明るい室内に置いて、土が乾いたら、しっかり水をあげる。
ランニングも同じ。気持ちよくジョグを続ける。それで十分だ。
で、自分の環境
植物の話をしながら、ふと思う。
風は吹いているか。流れはあるか。乾湿のメリハリはあるか。
……正直、微妙。
植物は自分で動けない。だから、環境は人間が作ってやるしかない。
だが、人間は違う。自分で動ける。難しく考えず、外に出て、走ればいい。さっき自分でそう書いた。書いたそばから、まだ走っていない。
「今は休眠期」と言い訳してみる。
でも、違う。
植物は環境に順応する。光が足りなければ、光を求めてひょろ長く伸びる。「徒長」と呼ばれる現象だ。
生き延びるための、必死の順応だ。でも、そうやって育った体は中身がスカスカで、風が吹けば簡単に折れる。
「走らない環境」に身を置き続ければ、脳も身体も、驚くほど早く順応する。走らなくていい快適な状態に。
休眠しているんじゃない。ただ、走らない環境に「徒長」しているだけだ。
このままではダメだ。
これから、過酷な夏がやってくる。植物にとっても、僕たち人間にとっても。
35度を超える猛暑は、熱帯出身の植物たちにすら牙をむく。植物たちもじっと耐え、命をつなぐ季節だ。ランナーにとっても、地獄の始まりだ。
暑さに負けて、また徒長するのか。それとも、秋の成長に向けて、見えない土の中で根を張っておくのか。
スイッチが入らないなら、無理やり入れる。
来月は、もう少しまともな報告ができるはず。
——たぶん。






