豊かな暮らしと、僕のランニング
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走る理由は、ずいぶん変わった。

前回、僕にとって「走る」ことは、タイムを競うようなストイックなものだけではなく、島の豊かな食や自然を五感で味わうための「暮らしの手段」だと書きました。

今回は、どうして僕がそんなふうに思うようになったのか。

少し昔の話から書いてみようと思います。

昔は、ちゃんとランナーでした

実は僕、小学生の頃から高校までずっと陸上部でした。

小中高と最高学年ではキャプテンもやっていて、地元ではちょいと名の知れたランナーだったんです(笑)。当時は当然、速く走るために走っていました。タイムを縮めたい。勝ちたい。走ることは「競技」でした。

ところが高校を卒業すると、僕は大工の道へ進みます。そこからは見事なもので、酒もタバコも人一倍(笑)。走ることからはすっかり離れてしまいました。

33歳くらいの頃、「このままじゃ良くないな」と思ってタバコだけはやめました。とはいえ、本格的にランニングを再開したわけではありません。

地元の駅伝大会が近づくと、1か月くらいだけ練習して出場するような打ち上げ目的に走るような感じでした。

トレイル? 頭のおかしい人がやるスポーツでしょ

そんな僕が、もう一度走ることになるきっかけが「上五島トレイル」でした。

ただし、最初から僕がトレイルランニングを好きだったわけではありませんし、むしろ何も知りませんでした。

当時、近所の松岡さん(上五島トレイル会長)と飲みながら話をする中で「トレイルランニング」という言葉を聞くようになって、「山の中を走る、アドベンチャー的な、ちょっと頭のおかしい人たちがやるスポーツ」くらいの認識でした(笑)。

正直、川崎雄哉の存在すら僕は知りませんでした。(笑)

そんな頃、あるコンサルの方が訪ねてきて、「上五島で釣りのイベントをやりたいので協力してほしい」と相談されました。

その時です。僕は、つい最近松岡さんから聞いたばかりのトレイルランニングを、昔から知り尽くしているかのような顔で話し始めました(笑)。いつもの悪い癖です。

「上五島の地形を見てみなよ。海からすぐに切り立った山があって、ものすごく特殊な地形をしてるでしょ。山を走りながら海を見下ろせる場所って、全国にもそんなにないのよ」

そして、とどめに、「トレイルランニングって知ってるかい?」

さらに、「しかも、そのトレイルランニングの第一人者、川崎雄哉がこの島の出身で頑張ってるんだぜ!」と。

……僕、その時は川崎君のことすら知らないのに(笑)。川崎君ごめん!

でも、上五島の海と山の素晴らしさだけは知っていました。だから「トレイルランニング」という新しい言葉を聞いた時に、「それなら、この島は絶対面白い」とは思っていたんです。

そこから話はトントン拍子に進み、その話の2か月後に上五島でトレイルのイベントをやることになりました。(実際は悪天候で開催は1カ月遅れました)。これが上五島トレイルの始まりだということは松岡さんのコラムでも書いていましたね。ほんと僕は浅はかな男です。(笑)

「南さんも、もちろん行くでしょ?」

2022年プレ大会が終わり、2023年は大会にしようと皆で盛り上がりました。

大会を作るとなると、当然コースも必要です。

仲間とコースを作り、いろんな大会を監修されている「長崎の王」こと牧島さんに、一度見てもらうことになりました。2022年の暮れだったと思います。

当時の僕にとって、松岡さん以外で初めて会うトレイルランナー。

しかも「長崎の王」です。

少し構えていたんでしょうね。牧島さんが車から降りてきた瞬間、「おお……なんかオーラがある」と思いました。

挨拶を済ませると、牧島さんは腰に手を当てて、山の方へゆっくり目線を送り、ぐるーっと島を見渡したんです。

それを見て僕は、「やっぱり本物のトレイルランナーは見るところが違うな……」と。

今ではまったくオーラを感じませんが(笑)

それくらい今は仲良くさせてもらっています。

僕としては、その日は挨拶だけするつもりでした。コースを見るのは松岡さんと牧島さん。僕はゴールで待っていようと。

ところが牧島さんが、当たり前のような調子で言ったんです。

「南さんも、もちろん行くでしょ?」

……え? 俺も?

なんとなく断れない空気を作られて(笑)、しぶしぶ僕もついていくことになりました。

これが、僕が初めてちゃんとトレイルを走った日でした。

こんな世界があったのか

きつかったです。でも、自分たちで作ったコースを走っていると、木々の間から海が見える。山の空気を身体いっぱいに感じる。

なんというか、ものすごく心地よかったんです。

子どもの頃、山の中を走り回って遊んでいたような、童心に返る感覚もありました。

そこで初めて思いました。

「あ、これは普通のランニングとは違う」

そして、「みんながハマる理由って、これか」と。

それまで「ちょっと頭のおかしい人たちがやるスポーツ」だと思っていたトレイルランニングとはこんな世界だったのか。衝撃でした。

今度は、自分が走ってみたい

話は戻りますが2022年1月、プレ大会を開催した際の感じたことを話します。

もちろん僕はまだ、本格的に走る側ではありません。運営する側です。

後夜祭では、島外から来てくれた皆さんに刺身を振る舞いました。もちろん美味しかったとは思います。

でも僕自身は、ものすごく後悔しました。

「これじゃ物足りないな」

刺身は美味しい。でも、誰でもやっているし、どこでも食べられる。せっかく上五島まで来てくれたんだから、もっと喜ばせたい。

そう思いました。

だから次の大会から、僕は寿司を握ることにしました。

魚を一番美味しく食べてもらうなら、やっぱり鮨でしょう。

魚「へん」に旨いと書くんだから(笑)。やはり考えが浅はかです。

でもここから「上五島トレイル=鮨」が始まったんです。

その後の上五島トレイルの話は、会長の松岡さんに任せるとして。

僕自身にも、この大会をきっかけに大きな変化がありました。

大会に来てくれたトレイルランナーたちを見ていたんです。走っている姿がかっこいい。ウェアや身なりもかっこいい。そして何より、立ち振る舞いというか、生き方そのものに余裕すら感じたんです。なんだかかっこいい。

「俺も大会に出てみたい」

そう思うようになりました。

ただ、昔は陸上をやっていたので、なんとなく走って大会に出るという気持ちにはなれませんでした。

出るなら、もう一度ちゃんとトレーニングをし直して臨みたい。

そこから少しずつ身体を作り直しました。

未知の18キロ

最初に選んだ大会が、2023年7月の南阿蘇カルデラトレイル。18kmでした。

今なら18kmと聞いてもそこまで構えません。でも、その時の僕には完全に未知の世界でした。

牧島さんと走った時は、歩いたりジョグしたりしながら。でも今度はレースです。本気で18km、山を走る。

「俺の身体、最後までもつのかな」

そんな不安がありました。

でも実際に走ってみると、めちゃくちゃ気持ちよかった。たしか20位くらいだったと思います。

順位以上に、「これ、面白い!」。完全にハマりました。

そこからは、いろんな大会へ行きました。冬の南阿蘇カルデラ、多良の森トレイル、大分日田トレイル、平尾台トレイルなどなど。

仲間と一緒に大会へ行く。その大会に向けてトレーニングする。それ自体がどんどん楽しくなっていきました。

身体も少しずつ出来上がってきました。

ところが、一番楽しくなってきた頃に膝が痛み始めたんです。

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走れないなら、自転車に乗ってみよう

2024年5月頃には、まともに走れなくなっていました。

サポーターをしながら、ごまかしてジョギングする。それすら、だんだんできなくなりました。半月板断裂です。

川崎雄哉くんに相談すると、「ロードバイクがいいですよ」と教えてくれました。

9月には半月板の縫合手術をすることも決まっていましたし、だったら手術までにできるだけ身体を作ってから手術に臨みたい。

そう思って、思い切ってTREKのDomaneというロードバイクを買いました。

最初は完全に、膝のためのトレーニングです。

ところが乗ってみたら、

「なんだこれ。バイクもめちゃくちゃ面白いじゃん」また一つ、遊びが増えてしまいました(笑)。

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キロ6分が、こんなに嬉しいとは

手術から1か月くらい経った頃には、少しずつジョギングができるようになりました。

走ってみると、キロ6分がやっと。

昔の自分だったら「遅い」と思ったでしょう。でも、その時は違いました。

走れること自体が、ものすごく嬉しかった。

同じ失敗はしたくなかったので、いきなり走り込むことはせず、まずはバイクを中心に身体を作りました。

そうしているうちに、また思ったんです。

「バイクも面白い。でも、何かもう一つ先に目標が欲しいな」

走ることも少しずつできる。バイクもそこそこ乗れるようになった。そして僕は、小さい頃から海で遊び、魚突きでは素潜りもしている。

そこで、

「ちょっと待てよ。あと泳げれば、トライアスロンいけるんじゃね?」と(笑)。

またまた、浅はかです。

最初のトライアスロンは、この島で

最初のトライアスロンをどこにするか。これは迷いませんでした。

地元のトライアスロンです。

僕自身、上五島トレイルを運営する側になっていました。一方、地元には長く続いているトライアスロン大会がある。

「どうしたら、こんなに長く続く大会になるんだろう」

その運営にも興味がありました。

そして、僕たちが上五島トレイルで大切にしている「おもてなし」を、今度は自分が選手側として体感してみたかった。

2024年9月に膝を手術してから約1年。2025年9月、ようやくそのスタートラインに立つことができました。

そこでまた、素敵な人たちに出会いました。

鹿児島から来ていた剣心君。そしてニータさん。大きな病気や怪我を経験しながら競技へ戻り、挑戦を続けている人たちでした。その時剣心君は数カ月前のバイク練で鎖骨粉砕骨折し片手で泳いでたんです。

「なんだ、この人たち。かっこいいな」

またそう思いました。

そして僕自身も、初めてのトライアスロンで運良く総合3位に入ることができました。

もちろん嬉しかった。でも、それ以上に、

「トライアスロンって、めちゃくちゃ楽しい」

そう思いました。

次は、バラキンへ

そこで出会った人たちは、アイアンマンというロングのトライアスロンにも普通に挑戦していました。

いやいや。地元のトライアスロンとアイアンマンでは、距離もスケールも全然違う。

「さすがにあれは別世界でしょ」

と思いました。

……でも、思ってしまったんですよね。

「俺もそこに挑戦してみたい」

2026年6月の長崎五島国際バラモンキングへのエントリーを決めました。

ただし、勢いだけで出るつもりはありませんでした。

まずは、膝がこれから始まるトレーニングに耐えられる身体を作ること。

2025年の11月、12月頃は、自宅でスクワットやゴムを使ったトレーニングを必死にやりました。必要な器具も自分で作りました。まずは高強度のトレーニングに耐えられる脚を作る。

2026年1月頃からは、少しずつ距離を伸ばしました。

20km走っても大丈夫な脚。次は30km。その次は40km。

スイムも長く泳げる身体へ。バイクも長い距離を走れる身体へ。

一つずつ、徐々に徐々に身体を作っていきました。

そして2026年6月。バラモンキングのスタートラインに立ちました。

結果は総合30位。年代別3位という、嬉しいおまけまでついてきました。

少し前まで、トレイルランニングを「頭のおかしい人たちがやるスポーツ」だと思っていた僕が、気づけば山を走り、ロードバイクを買い、トライアスロンを始め、とうとうバラモンキングまで出ていました。

我ながら、何をやっているんでしょう(笑)。

でも、たぶんこれが僕の島での暮らしなんだと思います。

何か面白そうなものを見つける。とりあえずやってみる。やってみたら、また面白い人に出会う。その人たちと遊んでいるうちに、また次の面白いものを見つける。

そうやって気づけば、遊びがどんどん増えてきました。

この島は、やりたいことが多くて忙しい

海に潜れば魚がいる。

山に入れば走れる道がある。

自転車に乗れば、いつも車で通っている島が少し違って見える。

泳いで海から島を見ると、また違う景色が見える。

そして身体を動かしたあとは、腹が減る。

美味しい魚を食べて、五島うどんを食べて、仲間と酒を飲む。

僕にとっては、そこまで全部ひっくるめて、この島で暮らす楽しさなんだと思います。

「島には何もない」

そんな言葉をよく聞く聞きます。

確かに都会にあるようなものは、ここにはあまりありません。

でも僕には、まだまだやり足りないくらい、この島にはやりたいことがあります。

高校生までの僕は、速くなるために走っていました。

今は少し違います。

山を走りたい。

海に潜りたい。

自転車にも乗りたい。

知らない世界を見てみたい。

面白い人たちに出会いたい。

そして、美味しいものも食べたい。

この島で、いつまでも思いっきり楽しんでいたい。

そのために身体を動かす。

その中のひとつが、今の僕にとってのランニングなんだと思います。

走る理由は、ずいぶん変わりました。

でも今の方が、昔よりずっと走ることを楽しんでいる気がします。

そして、もうすぐ冬が来ます

冬になると、僕の楽しみはまた少し変わります。

今度は山です。

僕は冬になると、空気銃を持って狩猟に出ます。直径5.5㎜の一発の弾での猟です。

キジやヒヨドリ、カモなどを獲って、自分で捌いて、そして美味しくいただく。

獲ることだけが目的ではなく、自分で獲ったものを自分で捌き、最後まで美味しくいただく。

それも、この島で暮らしているからこそできることのひとつです。

ちなみに、50メートル先の500円玉くらいの的なら狙えます。

……ここは、ちょっと自慢です(笑)。

走って、潜って、自転車に乗って、泳いで。

そして冬になったら、今度は山へ。

季節が変われば、島での楽しみ方も変わっていきます。

本当に、この島はやりたいことが多くて忙しいです。


南慎太郎のアバター

@shintaro_goto_salt