3か月ぶりの投稿です。
さて、皆さん、家族サービスしていますか?
トレイルランニングを始めて13年。休みのたびにあちこちの山へ出かけ、自宅を空ける機会が多くなりました。
山へ行けば移動時間もかかりますし、ギアの値段も天井知らずです。
(ネット注文の配送先を自宅ではなくコンビニやAmazon Boxにするのは、家族持ちトレイルランナーあるあるではないでしょうか。)
時間もお金もかかる趣味にのめり込むうちに、娘たちからは
「私たちはお母さんに育てられている」
と言われるまでになりました(泣)。
前回、我が家には三姉妹がいるとお伝えしましたが、長女と次女はすでに家を離れ、今は高校2年生の三女だけが一緒に暮らしています。
そして、ふとしたときに思うのです。
三女と一緒に過ごせる時間も、そう長くはないな、と。
長女や次女との時間はあまり取れませんでしたが、三女との時間はできるだけ大切にしようと思っています。
その三女は、小学校からずっとバレーボールを続けています。
長女と次女がプレーしていた影響もあり、半ば流されるように始めたのですが、正直なところ最初はそれほど上手な選手ではありませんでした。
小学校5年生の頃には「もう辞めたい」と口にしていたほどです。
何より、サーブレシーブが怖かったようです。
そんな三女に転機が訪れたのは、中学生になってからでした。
身長がぐっと伸び始めたことが大きな分岐点となります。
センターとしてプレーするようになり、ハイキュー!!で言えば月島蛍のようなポジションでしょうか。持ち前の高さを生かしたブロックの才能が開花し、次第にチームの主力として活躍するようになりました。
相手のスパイカーが強烈であればあるほど、ブロックが決まったときの爽快感は格別です。
本人もその楽しさに魅了されたのでしょう。
また、センターはサーブレシーブの負担も比較的少ないため、その点も三女には合っていたのかもしれません。
そして迎えた中学3年生、最後の中総体。
大村市で優勝しただけでなく、長崎県大会でも準優勝を果たし、見事に九州大会出場の切符をつかみ取りました。
小学生の頃に「辞めたい」と言っていた娘が、仲間たちとともに九州大会の舞台までたどり着いたのです。
本人にとっても、大きな自信になったことと思います。
その後も高校でバレーボールを続けています。
僕自身も、長女や次女にしてあげられなかったことへの罪滅ぼしというわけではありませんが、来年三女が高校バレーを引退するまでは、できる限り応援し、その姿を目に焼き付けておきたいと思っています。

だから、自分自身のレース出走はしばらくお預けです。
(とはいえ裏方としての役割は多いので、トレイルランニング界隈をうろうろしているとは思いますが。)
人生の中に、そんな期間があってもいいですよね。
ということで、今回のコラムは人生にも通じるこの名言で締めたいと思います。
― 下を向くんじゃねええええ
バレーは常に上を向くスポーツだ ―
ハイキュー!! 第21巻 鵜飼繋心
