中元寺ものがたり
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サイクル

「流行のサイクルは20年」とよく言われています。

ファッションの世界で過去150年間のデザインを数値化して分析した結果、『「集団に溶け込みたい」と「他人と被りたくない」という2つの欲求が振り子のように行き来する時間』が20年であるという結論に至ったそうです。

「みんなと同じ」から「自分らしさ」へ。世代交代して回帰し、それが巡り続けるということでしょうか。

ここ数年は古着ブームですね。私が10代だった90年代も裏原宿カルチャー全盛期の一環で流行っていて、私も原宿あたりの古着屋に足繁く通っていました。もっともお金はなかったので買えるのはヴィンテージではなくフツーの古着。カレッジTシャツや軍モノを買い漁っていたものです。

某雑誌に載った19歳。まさかの誤字。母は5冊買ってた

我が家の長男坊も高校生になりました。少し前までは「何でもいいよ」と買い与えたものを着ていたのに、最近はこだわりが出て自分で選ぶように。急な変化の理由を聞いてみたい気もしますが、年頃の息子には野暮なので聞けずにいます。

先日、私が捨てきれずに取っておいた古いパーカーを勝手に着て出かけていました。少し大きめのオーバーサイズが今のトレンドに合っているようで、どうやら気に入った様子。

処分しようか迷っていたレッドウィングのブーツ、もしかしたらまた流行るかも?ついでにスニーカーもお下がりしちゃおうか?服もいっぱいアルヨ?

私の終活はだいぶ先になりそうです。


SOUTHPARK 100

9/5-6で開催されたサウパ100。今回は熊本地震のチャリティーも兼ねての開催となりました。ご参加、チャリティーとしての募金、応援や差し入れに来ていただいたみなさま、ありがとうございました。

前週に予定されていたやっちろドラゴントレイル中止の影響もあってか、九州内外から鼻息荒い(荒くない人が多数)ランナーが南公園に集っていました。最多で同時に40人くらいは走っていて頻繁にすれ違うので、途中眠くもならず。

個人的には、タッタに向けての持久力チェックとして「登りは歩く・それ以外は走る」をテーマにしていました。周回を繰り返すことで見えてくる足りないところ、修正すべき点、補給のタイミング等々、試行錯誤。

完走はしましたが、大差無い時間でたま様(旧たまちゃん)完走。しかも彼はザックを背負ったまま。来年は負けるだろうな。

終了後、募金いただいたみなさんの署名を見たら計100名以上はいらしたようです。Threadsで「こっそり夜中に参加して募金してきた」みたいな書き込もいくつか拝見しました。

みなさまからいただいた募金は無事、チームドラゴンの拓ちゃんに渡されたとのこと。今後も何らかの形で応援し続けられればと思います。


記憶の中に

北松浦半島ぐるり。佐世保市街から北部に広がる半島一周約100kmをいつかは一気に走ってみたいと考えています。

いつかやりたい半島一周100km。今回は右半分だけ。

スーパータッタへのロング練として、自宅から松浦~伊万里を経由する右側ぐるりに行ってきました。

テーマは「絶対歩かない」。松浦からの海沿いのルートは細かなアップダウンが多く、そこに気温上昇も重なってかなりバテましたがなんとか歩かず(休憩はしまくった)走りきりました。

福井峠を過ぎて見上げたらカラスと思ったら黒ぬっこ。

松浦に向かう福井峠を越えるトンネルを通る頃、父が生前に勤めていた会社がルートにあることを思い出しました。

松浦市街を通過して魚市場を遠目に見ながら東へ。寮母だった親戚の紹介をキッカケで両親は結婚してるので、ある意味我が生誕の地やんか、なんて考えながら走り続けました。

遠目に見えてきた工場の建屋やクレーンは新しくなっていたけれど多分配置は昔のまま。海のにおい(ちょっと異臭)も記憶のまま。

思い出に浸りながら通りすぎようとしたら!社員寮がそのまま残ってる!

構内の道路脇に立つ茶色い屋根。昭和のクラシックな作りのままのように見える(多分)。庭で育てられていた盆栽。海沿いのグラウンドでやってたソフトボール大会の応援。父の作業着の汗と鉄とタバコが混ざった匂い。

半世紀近い昔の記憶が一気に蘇りました。

このISSUEが出る頃には、石川さんの事務所はもう退去されているはずです。収録や飲み会で何度も訪れた場所が無くなってしまうのは寂しいですが、気が置けないメンバーと過ごした時間はいつまでも心の中に。

忘れてしまっても、走らなくなっても、何かをキッカケにしてふと思い出す日が来るでしょう。

ジロ&アメに会えなくなるのはやっぱり寂しいけれど、幸せに。


なんとなくジメっとした9月でしたね。

今年もあと3カ月。テキトーに適当に。では、また。


中元寺薫のアバター

@mt.eboshi.runner