第零回の反省は、今も胸に刻まれている。
野良着に地下足袋。当時は悪くない選択だと思っていたのだが、走り終えて写真を見たとき、思った。「これ、中途半端だな」と。振り切れていない。コンセプトが弱い。あの日からなんとなく、次があるなら攻めようと決めていた。
ちなみにこの大会、第零回の様子は牧島さんがゲストで出演したポッドキャストで詳しく語られている。当日の混沌、企画の裏側、九州のトレラン界における牧島さんの存在そのものについて、本人の言葉で聞けるので気になる方はぜひ。

そんな第零回を経て、2026年6月27日。私は古代エジプトのファラオとして多良岳に降り立った。
「多良山系鉄脚絵巻〜第壱巻〜」。1951年に開催された多良岳・経ヶ岳踏破競走大会を模し、現代の装備一切を禁止するという、なかなか正気を疑うコンセプトのレースだ。草鞋・足袋・ズック推奨。招待制・定員約12名・参加費1,000円。価格設定だけ見ると良心的だが、参加費は安い一方で、必携品(=コスプレ装備)が地味に高い。草鞋一足、麻の衣装一式、ファラオの装束。安く思えて、実は金がかかる遊びである。
主催は「長崎の王」こと牧島氏。エントリーの条件は足が速いことではなく、「本物の実力を持った一流のふざけ手」であることらしい。過酷なコースを笑いながら進み続ける山力が求められるという、よくわからないが妙に納得できる基準だ。
今年集まったのは9名。うち7名が昨年の地獄(第零回)を生き抜いたリピーター。スタート地点の中山キャンプ場に並んだ面々を見て、1951年の再現という大義名分はすでに崩壊していることに気づく。
なかでも圧倒的だったのは、五島からの刺客・南さんだ。「山を越えて塩を運ぶ男」というコンセプトのもと、エイジング加工された麻の服に草鞋という民俗学的リアリズムで登場。時代背景、コンセプト、完成度、すべてにおいて頭一つ抜けていた。文句なしのベストドレッサー賞である。

九州のコスプレ王・服部さんも、75年前を飛び越えて平安時代から「麻呂」として降臨。
そんな中、私は時代も国も文明圏も全部飛び越えて、古代エジプトから参戦した。
11時10分、スタート。
足元の不安はゼロだった。私はいつものルナサンなので地面感覚に慣れている。一方、草鞋のメンバーは一歩踏みしめるたびに足裏のツボを強制的に刺激されているようで、悲鳴とも笑いともつかない声を上げながら進んでいた。申し訳ないが、その光景を見ながら自分だけ快適なのが少し気まずかった。
約8kmのコースは距離こそ短いが、石がゴロゴロ転がるテクニカルな本格トレイルに、鎖場まで完備されている。綿や麻のメンバーが初夏の汗をぐんぐん吸い込んで重くなっていく中、ほぼ裸のファラオだけが涼しい顔をしていた。通気性という点では文明より原始の方が優れていることを、思いがけず証明してしまった形だ。
すれ違う一般ハイカーの方々の反応は、温かい失笑だった。あの顔を見ると、ちゃんと走らないと、という変な使命感が生まれる。
レース中盤、金泉寺に到着。
ここで、ちょっとした事件が起きた。
麻呂とファラオが並んで、由緒ある寺社仏閣で神妙にお参りをしていたのだ。時空が二重にねじれた絵面に、同行したカメラマンの手が震えていたらしい。さすがにこれは罰が当たるのではと、内心少し身構えた。
だが、打ち上げの席に参加してくださった住職から、思いがけない言葉をいただいた。「仏様は懐が深いので、誰でもウェルカムです」とのこと。
救われた。仏様、ありがとうございます。そしてやはり、この大会を包み込む人たちの懐の深さには毎回驚かされる。

全員無事にゴール。泥だらけになった自分の姿を見て、思った。
意外と、サマになっていた。
当日の様子は、藤岡さんがまとめてくれたYouTube動画でも見ることができる。映像で見たほうが何倍も面白いので、ぜひそちらも覗いてみて欲しい。
このレースが好きな理由は、自由の作り方にある。
近年のトレイルランニングは、ルールと自己責任論とコンプライアンスが入り乱れ、窮屈さが増している側面がある。でもこの大会は逆だ。金泉寺の住職も、山小屋の会も、多良岳を愛する人々も、ランナーと同じくらいの数のスタッフも、全員が、私たちが「安全に、全力でふざけられる場所」を整えてくれていた。
縛るのではなく、任せる。その信頼があるからこそ、山がこんなにも自由になる。
70数年前の先達たちも、きっとこんな気持ちで山を走っていたのだろう。少なくとも、ファラオはそう思っている。


牧島さん:オシャレな忍者スタイル。新品でノリが効いていた為呼吸に苦労する。

寺西さん:前回は米不足で米を、今回は燃料不足で薪を運ぶ。

上田さん:オリジナル鉄脚絵巻Tシャツとブルマ。竹で作ったオリジナルフラスコ。

岡口さん:山下清スタイル。虫取り網が今年の新作。

武内さん:三度笠と天狗面の渡世人スタイル。

藤山師匠:背負子で3mの荷物を運ぶ歩荷スタイル。今回1番大変そうでした

水谷さん:昨年に続いて飛脚。今年は褌着用。

森谷:反則技のインパクト勝負。

南さん:服装、小道具、コンセプト 全てが完璧。実際に塩を運び、エイドではおにぎりや芋にかけて食べた。

服部さん:平安時代から来た麻呂。目元がポイント
多良山系鉄脚絵巻 第壱巻
2026.6.27 中山キャンプ場→金泉寺→経ヶ岳分岐→平谷越→自然の館ひらたに 約8km 累積720m
